金子道仁 (日本維新の会)

2025年3月24日・第217回国会 参議院 文教科学委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 93 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 167 発言)

ありがとうございます。

私も、神山高専、来月見に行きたいと思って準備していますし、すばらしいと思います。

ただ、ただですね、あくまで点だと思うんですね。あれができるのは、地域の経済界がフルにサポートしてそのような教育機会をつくろうという、そういう全国でも貴重なバックグラウンドがあるからできるんであって、じゃ、あれを全国どこでもやりましょうと言われたら、自治体として、特に過疎地域においてできるところがどれだけあるのか、一つあるかないかだと思うんですね。

だからこそ、どのようにして地方でも多様で質の高い教育機会を確保していくのかということは、国としても方向性を出していただきたい。もちろん様々な、一つの方法だけではないと思うんですけれども、今、国として、遠隔教育、通信教育といったものを使いながら実証実験をしているというふうに聞いていますが、僅かまだ十一か十二、二桁にすぎない。これ、是非、もう少し全国どこでも、離島や中山間地域だけではなくて、どこでもそれをカリキュラムに組み込めるようなことを考えていただきたい。

そして、先ほどから大臣が言われるように、一年生で入ったときに全く考えていなかった進路を二年生、三年生で検討していく、それ当然あると思うんですね。だからこそ、自分が在籍している科じゃなくて、ほかの課程の授業も自己選択できるようなその単位制、互換の促進、こういったものも国として明確に出していただきたい。

そうすることによって、地方でもどこでも多様で質の高い学びの機会があって自己選択できるようになっていく、私はそう思うんです。

大臣、偏差値って、私、おかしいと思うんですね。だって、平均した偏差値って一体何の意味があるのか。その特化した能力を全く平均化して潰してしまうと思うんです。つまり、地方の普通の学校に行っている子でも、英語だけ、数学だけめちゃくちゃできる子がいると思うんです。そういう子は、都市部の優れた英語や数学の単位を遠隔教育で取れば、その地方にいたって優れた教育を受けることができるはずじゃないですか。それが進んでいけば、どこの学校に行くことが、偏差値がどうだからといって選ぶんじゃなくて、どこの学校にいてもレベルの高い授業を取れるようになる。それが、私は将来、日本という国の中で、質の高い教育機会を自由に選択していけば、いつかは偏差値教育というのがなくなっていくんじゃないかな、そのように考えているわけです。

是非、文科省の中で、この左の昭和五十四年の頃からこういったことを考えておられる。そして、今も、細々ですけれども、そういったことを進めておられる。これこそ、今この無償化の中でしっかりと前進させていくようにしていただきたい。単位制をしっかりと進めて、子供たちが自ら学びを選択し、学習計画を作り、そして科目を履修選択する。自分のいる高校の科目だけではなくて、魅力があると思ったら、ほかの優れた高校の授業単位も自分で引っ張ってきて、これを私は学びたいというように選べるような、そのような学校間の連携、ネットワークを広げていく。そういうことをして初めて全国どこでも多様で質の高い教育機会が確保できるようになると私は思うんです。

大臣、いかがでしょうか。是非今回の無償化に合わせて、大臣、いかがでしょうか。お願いいたします。

前後のやりとり

89の発言を見る

97の発言を見る