大屋雄裕慶應義塾大学法学部法律学科教授

2025年5月22日・第217回国会 参議院 内閣委員会 第16号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 79 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 116 発言)

お答えいたします。

まず一つに、学習されない権利を一般的に認めるべきではないと考えます。それは、例えば我々が物を書きます。それは世間の方々からはいろんな御意見があり、御批判を頂戴する、あるいは長大な反論論文を書かれるというようなことはありますが、それを受けて立つことが言論をする者の責任であるというふうに考えております。表現をするということは、それを見られるということは当然含意されているはずだと思うわけですね。したがって、一般的に、それが他者に利用されない権利みたいなものを考えることは困難であると思うわけです。

ただし、一つは、先ほど意見を申し上げた際にも言及いたしましたが、競合製品を作るために使われると。例えば、仮に手塚治虫先生にしておきますが、手塚治虫の作品を学習して偽手塚治虫をつくって、しかもその作品を金で売りさばくというような利用法がなされるのは不適切であるわけで、このような利用目的に応じて不適切なものは禁止していくであるとか、アメリカの例であれば、それはやはりフェアユースと言えないという判断を示していくみたいなことは必要であろうと思います。

もう一つは、禁止ではなくても、やはり自己の作った情報を基に他者が利益を上げた場合において、それが還元されるということはそれなりにあってしかるべきではないのかと思うわけですね。

申し上げた意見の中ではニュース税に言及いたしましたけれども、マスメディア各社が汗をかいて費用を支払って得たニュースというものを言わばただ使いして巨大ITプラットフォームはもうけておるということを放置すると、水源がかれてしまうわけですよね。その利益がメディアに戻らなければ、彼らは弱っていく一方になって、結局は社会全体が損をするということになる。だとすれば、その上がった利益のうち一部を、その井戸を掘った人ですよね、最初に苦労をして情報を作った方々の下に還元していく、議員、補償という言葉を使われました、そういう仕組みを考えていくことが必要だと思っております。

ただ、これは恐らく直接的には著作権法関連の話題になろうかと思いますので、まさに今回設けられたような枠組みの中でAI戦略本部等がそういう方針についても検討をしていくべきであるというふうに考えているところでございます。

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