立憲民主・社民・無所属の福島みずほです。
国会法第百二条の六は、各議院に憲法審査会を設け、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査することを目的の一つとしています。その意味で、本日、憲法と現実の乖離について議論がされることは憲法審査会の設置目的にまさにかなうものです。
日本国憲法九十八条は、憲法が最高法規であると規定しています。日本国憲法ができて、例えば民法の親族編、相続編が大改正になりました。戦前、民法は、妻は無能力者であると規定し、妻は婚姻によりて夫の家に入るとしていました。しかし、憲法二十四条が、家族の中の個人の尊厳と両性の本質的平等を規定し、家制度は廃止になり、また、男女平等になりました。まさに憲法の威力です。
そして、戦争をしないと決めた憲法九条により、専守防衛、海外に武器を売らない、非核三原則、軍事研究はしないなどの原則が積み上がっていきます。まさに、憲法を生かしていくという人々の動きが法制度や政策をつくってきました。だからこそ、憲法と現実の間に乖離があるときに、現実をどう憲法に近づけていくかが重要であり、憲法を現実の方に引きずり下ろすことは本末転倒の、憲法を理解しないものです。
日本国憲法九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定をしています。まさに、憲法を守らなければならないのは権力者です。私たち国会議員も憲法尊重擁護義務を持っています。だからこそ、本当に憲法理念を生かし切れているのかということを常に問う必要があります。憲法改正など、憲法を十分に守ってから言えと言いたいです。
ところで、自民党日本国憲法改正草案は、国民に憲法を尊重する義務を課しています。つまり、憲法とは国民が国家権力を縛るものであるのに対し、自民党日本国憲法改正草案は、百八十度回転をさせ、国家権力が国民を縛るものにしているのです。これはもう憲法ではありません。
憲法尊重擁護義務を持つ国会議員は、憲法理念を実現するために多大なるエネルギーを注ぐべきであり、憲法理念がまだまだ生かされていない現実の中で、憲法改正を言う資格はありません。
まず、選択的夫婦別姓と同性婚について話します。
NHK日本語読み訴訟判決が述べたように、名前は人格権です。結婚するときにどちらか一方が必ず改姓しなければならないことは、憲法十三条が保障する人格権、個人の尊重と幸福追求権を侵害しています。また、夫又は妻となっているものの、女性が九五%氏を変えていることは憲法十四条の法の下の平等に反しています。また、一方が必ず結婚改姓を強制されることは憲法二十四条に反しています。
ところで、五月二十日、自民党は公明党に、選択的夫婦別姓について、今国会では困難であり、六百五十以上の法律や二千七百以上の政省令の見直しが必要であると説明しました。しかし、打越さく良議員の質問主意書の回答では、四つの法律しか改正の必要はありません。間違った認識で違憲状態を放置することは許されません。
同性婚を認めないことは明確な憲法違反であると五つの高等裁判所が断じました。憲法十四条、十三条、二十四条に反していることが理由です。好きになった相手によって、そもそも結婚届を一切出せないのですから、その不利益も極めて甚大です。五つの高等裁判所が違憲と言ったにもかかわらず、国会でまだ同性婚が成立していません。
選択的夫婦別姓と同性婚が認められていないことは、まさに憲法と現実の乖離です。憲法に合致するように法律を変えることで、幸せになる人を増やすことができます。実現できていないことは国会の怠慢です。家族が崩壊するなどといって多くの人が幸せになることを妨害することは、憲法理念を理解せず、憲法尊重擁護義務を踏みにじるものです。憲法と現実の乖離を埋める努力をすることこそ、国会議員はやるべきです。
憲法と現実の乖離というのであれば、生存権の規定が国民に保障されていないことは大問題です。
生活保護の基準を引き下げたことに対して、いのちのとりで裁判が全国で提訴され、勝訴判決が相次いでいます。まさに生存権の侵害です。訪問介護の報酬を減額したことで、訪問介護事業所が倒産をしていっています。これこそ、介護を受ける権利の侵害であり、生存権の侵害です。高額療養費の自己負担額引上げも生存権の侵害です。
ほとんど全ての憲法学者が集団的自衛権の行使は憲法違反であると言っているにもかかわらず、二〇一四年、安倍政権は集団的自衛権の行使を認める閣議決定をし、二〇一五年、安保関連法、戦争法を強行成立させました。安保関連法、戦争法は憲法違反です。憲法九条を基に戦後積み上げられてきた、海外に武器を売らない、軍事研究をしないということも破壊されていっています。
二〇二二年十二月に閣議決定をした安保三文書の具体化が進められています。沖縄、南西諸島における自衛隊配備とミサイル計画、それが九州にも、そして西日本にも、全国にも広がり、全国の軍事要塞化が進められています。戦争のできる国から戦争する国へ、憲法九条破壊が進んでいます。
そして、次々と憲法違反の法律が成立していっています。現在、国会で審議中の学術会議改革法案は、学術会議の破壊法案であり、憲法二十三条の学問の自由を侵害するものです。小西洋之議員が、菅政権のときに、六人の任命拒否について内閣法制局の文書の黒塗りを開示するよう求める東京地裁の裁判で勝訴しました。この黒塗りが開示されることなく法案の審議入りはありません。
憲法の規定が守られないことは枚挙にいとまがありません。憲法五十三条後段は、いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は召集の決定をしなければならないとしていますが、内閣が臨時会を召集しなかったことが今まで、二〇一五年、一七年、二一年など存在しています。まさに憲法を無視し、憲法規範の空洞化を政府自身がつくっているのです。たくさん存在する憲法と現実の乖離を埋めるべく、法律制定、法改正や政策の転換をすることこそ国会に求められています。
なすべきは、憲法改正ではなく、憲法理念の実現です。憲法を踏みにじっている人たちが憲法改正を言うことなど、言語道断、ずうずうしいにも程があると言わざるを得ません。現実を憲法に合わせ、憲法が保障する基本的人権が生かされる平和な社会をつくっていくべきです。憲法審査会にもその役割が期待されています。
以上です。
1
中曽根弘文(自民)
ただいまから憲法審査会を開会いたします。
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題といたします。
本日は、憲法に対する考え方についてのうち、憲法と現実のかい離について意見交換を行います。
まず、各会派から意見表明を行った後、委員間の意見交換を行います。
全体の所要は一時間五分を目途といたします。
発言時間につきましては、経過状況をメモで通知し、時間が超過した際はベルを鳴らしますので、あらかじめ御了承願います。
また、御発言は着席のままで結構でございます。
なお、委員間の意見交換において発言を希望される方は、各会派か…
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2
中西祐介(自民)
自由民主党の中西祐介でございます。
私は、憲法と現実の乖離、本日は地方自治と選挙制度について申し述べたいというふうに思います。
これまで憲法審査会や参議院改革協議会などで議論を積み重ねていただきまして、制度導入以来約十年間、ほとんどの会派よりこの合区解消、改正が必要であるということを御理解いただくに至り、心から感謝を申し上げたいと思います。
しかし、残念ながら、本年行われる参議院通常選挙でもまた五度目の合区選挙が行われることになります。投票率の低下や無効票の増加という合区による弊害は、私も二度経験した過去四度の合区選挙を踏まえ明らかでありまして、こ…
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3
中曽根弘文(自民)
福島みずほ君。
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- (上の発言)
4
福島みずほ(立憲)
立憲民主・社民・無所属の福島みずほです。
国会法第百二条の六は、各議院に憲法審査会を設け、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査することを目的の一つとしています。その意味で、本日、憲法と現実の乖離について議論がされることは憲法審査会の設置目的にまさにかなうものです。
日本国憲法九十八条は、憲法が最高法規であると規定しています。日本国憲法ができて、例えば民法の親族編、相続編が大改正になりました。戦前、民法は、妻は無能力者であると規定し、妻は婚姻によりて夫の家に入るとしていました。しかし、憲法二十四条が、家族の中の個人の尊厳と両性の本質的平等を規定し、家制度は廃止になり、また、男女平等になりました。まさに憲法の威力です。
そして、戦争をしないと決めた憲法九条により、専守防衛、海外に武器を売らない、非核三原則、軍事研究はしないなどの原則が積み上がっていきます。まさに、憲法を生かしていくという人々の動きが法制度や政策をつくってきました。だからこそ、憲法と現実の間に乖離があるときに、現実をどう憲法に近づけていくかが重要であり、憲法を現実の方に引きずり下ろすことは本末転倒の、憲法を理解しないものです。
日本国憲法九十九条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定をしています。まさに、憲法を守らなければならないのは権力者です。私たち国会議員も憲法尊重擁護義務を持っています。だからこそ、本当に憲法理念を生かし切れているのかということを常に問う必要があります。憲法改正など、憲法を十分に守ってから言えと言いたいです。
ところで、自民党日本国憲法改正草案は、国民に憲法を尊重する義務を課しています。つまり、憲法とは国民が国家権力を縛るものであるのに対し、自民党日本国憲法改正草案は、百八十度回転をさせ、国家権力が国民を縛るものにしているのです。これはもう憲法ではありません。
憲法尊重擁護義務を持つ国会議員は、憲法理念を実現するために多大なるエネルギーを注ぐべきであり、憲法理念がまだまだ生かされていない現実の中で、憲法改正を言う資格はありません。
まず、選択的夫婦別姓と同性婚について話します。
NHK日本語読み訴訟判決が述べたように、名前は人格権です。結婚するときにどちらか一方が必ず改姓しなければならないことは、憲法十三条が保障する人格権、個人の尊重と幸福追求権を侵害しています。また、夫又は妻となっているものの、女性が九五%氏を変えていることは憲法十四条の法の下の平等に反しています。また、一方が必ず結婚改姓を強制されることは憲法二十四条に反しています。
ところで、五月二十日、自民党は公明党に、選択的夫婦別姓について、今国会では困難であり、六百五十以上の法律や二千七百以上の政省令の見直しが必要であると説明しました。しかし、打越さく良議員の質問主意書の回答では、四つの法律しか改正の必要はありません。間違った認識で違憲状態を放置することは許されません。
同性婚を認めないことは明確な憲法違反であると五つの高等裁判所が断じました。憲法十四条、十三条、二十四条に反していることが理由です。好きになった相手によって、そもそも結婚届を一切出せないのですから、その不利益も極めて甚大です。五つの高等裁判所が違憲と言ったにもかかわらず、国会でまだ同性婚が成立していません。
選択的夫婦別姓と同性婚が認められていないことは、まさに憲法と現実の乖離です。憲法に合致するように法律を変えることで、幸せになる人を増やすことができます。実現できていないことは国会の怠慢です。家族が崩壊するなどといって多くの人が幸せになることを妨害することは、憲法理念を理解せず、憲法尊重擁護義務を踏みにじるものです。憲法と現実の乖離を埋める努力をすることこそ、国会議員はやるべきです。
憲法と現実の乖離というのであれば、生存権の規定が国民に保障されていないことは大問題です。
生活保護の基準を引き下げたことに対して、いのちのとりで裁判が全国で提訴され、勝訴判決が相次いでいます。まさに生存権の侵害です。訪問介護の報酬を減額したことで、訪問介護事業所が倒産をしていっています。これこそ、介護を受ける権利の侵害であり、生存権の侵害です。高額療養費の自己負担額引上げも生存権の侵害です。
ほとんど全ての憲法学者が集団的自衛権の行使は憲法違反であると言っているにもかかわらず、二〇一四年、安倍政権は集団的自衛権の行使を認める閣議決定をし、二〇一五年、安保関連法、戦争法を強行成立させました。安保関連法、戦争法は憲法違反です。憲法九条を基に戦後積み上げられてきた、海外に武器を売らない、軍事研究をしないということも破壊されていっています。
二〇二二年十二月に閣議決定をした安保三文書の具体化が進められています。沖縄、南西諸島における自衛隊配備とミサイル計画、それが九州にも、そして西日本にも、全国にも広がり、全国の軍事要塞化が進められています。戦争のできる国から戦争する国へ、憲法九条破壊が進んでいます。
そして、次々と憲法違反の法律が成立していっています。現在、国会で審議中の学術会議改革法案は、学術会議の破壊法案であり、憲法二十三条の学問の自由を侵害するものです。小西洋之議員が、菅政権のときに、六人の任命拒否について内閣法制局の文書の黒塗りを開示するよう求める東京地裁の裁判で勝訴しました。この黒塗りが開示されることなく法案の審議入りはありません。
憲法の規定が守られないことは枚挙にいとまがありません。憲法五十三条後段は、いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は召集の決定をしなければならないとしていますが、内閣が臨時会を召集しなかったことが今まで、二〇一五年、一七年、二一年など存在しています。まさに憲法を無視し、憲法規範の空洞化を政府自身がつくっているのです。たくさん存在する憲法と現実の乖離を埋めるべく、法律制定、法改正や政策の転換をすることこそ国会に求められています。
なすべきは、憲法改正ではなく、憲法理念の実現です。憲法を踏みにじっている人たちが憲法改正を言うことなど、言語道断、ずうずうしいにも程があると言わざるを得ません。現実を憲法に合わせ、憲法が保障する基本的人権が生かされる平和な社会をつくっていくべきです。憲法審査会にもその役割が期待されています。
以上です。
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中曽根弘文(自民)
平木大作君。
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6
平木大作(公明)
公明党の平木大作でございます。
憲法と現実のかい離というテーマで、四月二日に続いて意見表明したいと思います。
このテーマを象徴するのが、近年活発化する裁判所における違憲審査であります。東京大学の宍戸常寿教授によれば、二十世紀の間、五十年以上あった運用期間において五件にとどまった法令違憲判決が、今世紀においては最初の十五年で肩を並べ、以後も増え続けております。法令違憲判決は、三権分立の枠組みにおいて司法権が立法権の決定を覆す行為であることから、従来より非常に慎重に運用が行われてまいりました。そうした前提に立つとしても、法令違憲判決が相次いでいる理由は、…
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中曽根弘文(自民)
浅田均君。
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