き弾射撃の史料が寄贈されたのは一九六四年でしたが、公開は二〇〇四年です。四十年も秘匿し、その間、国会では史料がないと繰り返しました。なぜそんなことになったのでしょうか。
防衛研究所で探していただきまして、一九八二年、昭和五十七年十二月二十日付け、戦史史資料の一般公開に関する内規を提出いただきました。その第四条にはプライバシーの保護を要するもの、国益を損なうもの、好ましくない社会的反響を惹起するおそれのあるものについて公開しないものとすると書かれております。
資料の五を御覧ください。
これは、同じく防衛研に提出いただいた一九八三年、昭和五十八年十二月二十日付け、公文書の公開審査実施計画です。ここには公開審査の詳細が書かれております。その二枚目を御覧ください。先ほどの三つの分類の略号として、プライバシーに関するものはP、国益に関するものはN、社会的反響に関するものはSなどとしております。
さらに、めくっていただいて、六ページ。非公開判定の指針として、公開すべきものは丸、部分非公開は三角、非公開はバツ、そして、判定を審査会議の審査に委ねるものは摘出とすることが書かれております。
以下、具体的な内容ごとの審査指針に移るのですが、その次の七ページを御覧ください。
人事に関するもの、第七三一防疫給水部関係人事資料は摘出の対象とされています。これはなぜでしょうか。
122大大和太郎防衛省防衛政策局長
お答えします。
繰り返しになりますが、一般に資料に記載されている内容が客観的に事実か否かということを政府として断定するためにはいろいろなことを見なければいけないということであります。
それから、防衛研究所が管理する戦史史料は、公文書管理法及び同法の施行令に基づきまして、歴史的若しくは文化的な資料又は学術研究用の資料として管理がなされているものでありまして、公文書管理法に定める公文書等には該当いたしません。
なお、防衛研究所においては、管理している戦史史料を整理する目的から、旧軍が作成したと見られる文書を公文書、個人による日記、回想などと見られる文書…
この発言のページ
123
山添拓(共産)
ごちゃごちゃおっしゃったんですけどね、どれも公文書なんですよ。自ら所蔵している史料に書かれていることすら認定できないというのは、これは理解できません。
私の手元には、池田氏が戦後、新潟大学に提出した履歴書の写しもあり、池田氏自身が当時七三一部隊に所属していたことを記しています。
改めて、政府として調査して報告するように求めたいと思います。
この発言のページ
124
滝沢求(自民)
後刻理事会で協議いたします。
この発言のページ
- (上の発言)
125
山添拓(共産)
き弾射撃の史料が寄贈されたのは一九六四年でしたが、公開は二〇〇四年です。四十年も秘匿し、その間、国会では史料がないと繰り返しました。なぜそんなことになったのでしょうか。
防衛研究所で探していただきまして、一九八二年、昭和五十七年十二月二十日付け、戦史史資料の一般公開に関する内規を提出いただきました。その第四条にはプライバシーの保護を要するもの、国益を損なうもの、好ましくない社会的反響を惹起するおそれのあるものについて公開しないものとすると書かれております。
資料の五を御覧ください。
これは、同じく防衛研に提出いただいた一九八三年、昭和五十八年十二月二十日付け、公文書の公開審査実施計画です。ここには公開審査の詳細が書かれております。その二枚目を御覧ください。先ほどの三つの分類の略号として、プライバシーに関するものはP、国益に関するものはN、社会的反響に関するものはSなどとしております。
さらに、めくっていただいて、六ページ。非公開判定の指針として、公開すべきものは丸、部分非公開は三角、非公開はバツ、そして、判定を審査会議の審査に委ねるものは摘出とすることが書かれております。
以下、具体的な内容ごとの審査指針に移るのですが、その次の七ページを御覧ください。
人事に関するもの、第七三一防疫給水部関係人事資料は摘出の対象とされています。これはなぜでしょうか。
126大大和太郎防衛省防衛政策局長
今の御質問は摘出と、(発言する者あり)はい。
お答えいたします。
御指摘の文書が作成されたのは約四十年前でありまして、個別の記述について確たることを申し上げるのは困難でありますが、戦史史資料の一般公開に関する内規において当時の公開審査の基準が定められ、また、公文書の公開審査実施計画においてその細部要領が示されていると、こういうふうに認識しております。
なお、この戦史史料の一般公開に関する内規は、平成二年に定められた図書館史料庫の立入り等に関する内規によって廃止されているところであります。
この発言のページ
127
山添拓(共産)
御覧いただきましたら分かるように、人事に関するもので摘出の対象となっているのは七三一の資料だけなんですね。明らかに特別扱いしているんですよ。理由は分かりませんか。
この発言のページ
128大大和太郎防衛省防衛政策局長
繰り返しになりますが、御指摘の文書が作成されたのは四十年前でありまして、個別の記述あるいはそれぞれの記述が文書の公開、非公開の判断に具体的にどのように適用されたかというのは、なかなかお答えすることが難しいことを御理解いただきたいと思います。
この発言のページ