石破茂 (自由民主党)内閣総理大臣

2025年3月3日・第217回国会 衆議院 予算委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 379 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 389 発言)

行政文書が適切に管理されているということが行われないと、民主主義が成り立ちません。どのようにして意思が決定されたか分かりませんということになりますと、有権者は何で判断していいか分かりません。ですから、私は福田内閣で防衛大臣を務めておりましたが、あのときに福田総理がこのことには本当に厳しく臨まれたということをよく覚えておるところでございます。

最近時々言われますのは、これは個人メモなので行政文書ではないみたいなことを言う人がいるわけですが、そういうような恣意的な解釈がなされてはなりません。

行政文書の定義におきまして、公文書管理法は、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。」これは何を言っているかよく分からないと思いますが、要は、意思決定がなされるのに必要であった文書であり、複数の閲覧に供されるとするならば、それはもう公文書であるということでございます。

そういうものがきちんと主権者の目に触れるということは、行政の客観性、そして公正性を担保するために必要なものでございますので、今どのように条文を改正するかということについて私にアイデアがあるわけではありませんが、意思決定がなされるときに供せられた資料というものは、ことごとくというか、すべからくというべきか、民主主義の主権者である国民に常にアクセスが保障されなければならないものだと考えております。

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