鬼木誠 (自由民主党)

2025年2月13日・第217回国会 衆議院 予算委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 8 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 174 発言)

はい。

毎月百万円治療費がかかっても、支払い額は所得によって決まった上限金額、八万円なら八万円、三万五千円なら三万五千円で抑えられています。そして、その差額は保険が負担してくれています。

日々、私たちが当たり前のように享受しているこうした社会保障は、世界では当たり前ではありません。病気になれば全額自己負担、そして、お金がなければお医者さんに診てもらうこと自体できないというのが、世界の中では多くの国々がそうであります。

しかし、さすがの日本の誇る保険制度も、支える人が減り続け、医療利用者が増え続ければ、お金がどれだけあっても足りなくなってきます。保険料を上げたり税を増やしたりして、制度の維持を図っているのが今だということになります。

保険制度を支えている保険者、保険者というのは健康保険事業の運営主体のことでありますが、この保険者も、もう制度が維持できずに解散が相次いでおります。制度が維持できなくなれば、皆保険も高額療養費も、そもそもそれ自体がなくなってしまいます。制度を持続可能なものにするためには、負担増を求める場面も出てまいります。

先ほど申し上げましたが、大きな政府は、国によるサービスも大きいけれども国民負担も大きい。例えて言えば北欧諸国でありまして、充実した社会保障の一方で国民負担も大きいものです。富の平等な分配という意味では社会主義的な方向性でもあります。

そして、小さな政府は、例えばアメリカであります。国家の規制や干渉を最小限にとどめて個人の自由と責任を重んじる、経済的自由主義的であるとも言えます。

そうした二つの方向性がある中で、つまり、サービスと負担というのは正比例するものであるということであります。ということは、国民負担を下げるためには、国によるサービスを減らさなければなりません。支える人口が減る中でサービスを維持しようとするなら、負担を増やさなければなりません。

私の言う受益と負担の見える化とは、国によるサービスの現状と国民負担の現状を国民に理解してもらった上で、手に入れたいサービス水準、是認できる負担水準を選択してもらおうという考えであります。もちろん、高いサービスには高い負担水準が伴い、低いサービスであれば低い負担に抑えられることになります。社会保障制度が持続可能なサービス水準と、国民生活が持続可能な負担水準のバランスを、国民的議論の下でつくっていこうということを提案させていただいております。

受益と負担の見える化によって、国民的議論の下、国民にとって納得のできる国民負担を構築することについて、財務大臣の御所見をお聞かせください。

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