金村議員の建設的な、前向きな議論に敬意を表したいと思いますが、立憲案と我々の国民民主党案、相違点は幾つかはあるものの、両案とも選択的夫婦別氏制を導入しようという点においては同じであります。
私たちの国民案は、選択的夫婦別氏制度に関する様々な意見に応えるために工夫して別案として取りまとめ、提出したものでありまして、委員会での審議を通じまして我々の案に理解を求めていきたいというふうに考えております。
2025年6月11日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第22号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 114 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 282 発言)
金村議員の建設的な、前向きな議論に敬意を表したいと思いますが、立憲案と我々の国民民主党案、相違点は幾つかはあるものの、両案とも選択的夫婦別氏制を導入しようという点においては同じであります。
私たちの国民案は、選択的夫婦別氏制度に関する様々な意見に応えるために工夫して別案として取りまとめ、提出したものでありまして、委員会での審議を通じまして我々の案に理解を求めていきたいというふうに考えております。
今の答弁を伺いまして、他党の案ですけれども、米山議員にお伺いしたいんですが、私は、戸籍筆頭者からの子の氏が定まるところについて、家族姓、ファミリーネームに価値観を置いているのかなというふうに思っていたんですが、どちらかといえば、戸籍制度がしっかり、崩壊しないんだよということを考慮した結果、戸籍筆頭者を定めた国民民主党案ということが、今、円委員の答弁で分かりましたので、あえて言えば、立憲民主党案の提出者から見ると、立憲民主党案と国民民主党案の相違点はどこにあるとお感じになりますか。
それでは、お答えいたします。 あくまで私の理解ということでございますが、先ほど来お話があるように、立憲案と国民民主党案は極めて似ている、これはもうそのとおりであると思います。夫婦が別姓を選択できて、子の氏は婚姻時に定める、そういう構造もほぼ同じであると言えます。 一方、国民案は、条文上、戸籍の筆頭に記載すべき者という、恐縮ながら、聞いただけではちょっと何を意味しているのか分かりづらい文言を使う上、また、戸籍の筆頭者には特段の意味はないということではございますし、そうだとは思うんですけれども、結局のところ、戸籍の筆頭に記載すべき者の氏が子供の氏となるな…
ありがとうございます。 やはり、今の米山議員の答弁を聞いても、非常に近しい関係、根っこが一緒ですからね、当然だとは思います。 その上で、立憲民主党さんが法案の準備ができ、我々ができ、そして国民民主党さんができた。二つの案、つまり、法制審をベースにした案と旧氏、旧姓使用の我々の案の二つの案だけで闘わせるよりも、三つ出てきたことによって、議論が深まったり、またその違いが生まれたりすることが非常にいいことだと私は当初思っていたんですね。 ただ、終盤を迎えるに当たって、法制審案をベースとしたところから非常に近しい法案の間柄である国民民主党さんの案と立憲民主…
金村議員の建設的な、前向きな議論に敬意を表したいと思いますが、立憲案と我々の国民民主党案、相違点は幾つかはあるものの、両案とも選択的夫婦別氏制を導入しようという点においては同じであります。
私たちの国民案は、選択的夫婦別氏制度に関する様々な意見に応えるために工夫して別案として取りまとめ、提出したものでありまして、委員会での審議を通じまして我々の案に理解を求めていきたいというふうに考えております。
これも私の見解ということでございますけれども、私は金村委員の議論には大筋で賛同するところでございますが、これも、私ももちろん、立憲案の方が分かりやすいので立憲案を出しておりますので、まとまるときには立憲案が軸となるというのが私の立場といいますか、もとより、そうでないなら自分の案は出さないわけですので、自分の案としてはそう思ってはおります。
ただ一方、三案で審議している以上は三案で最後まで議論するんでしょうけれども、二案になったら二案で議論して、二案で採決することが筋だろうというふうに考えているということを申し上げさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。 二十八年ぶりにいわゆる選択的夫婦別姓の議論がなされていること、私はこれは議論で終えてはならないと思っていまして。それは、たまたまですけれども、私が近しい、親しくしている間柄の方から、結婚適齢期を迎えたその人が、やはり、今の国会の意思、国会でこの選択的夫婦別姓についてどのような意思が示されるのか、それをもって婚姻に踏み切るのかどうかというのを決めていきたいというお声もいただいています。その人と話すと、すごく僕は腑に落ちたんですけれども、その制度がかなわないなら、かなわないと分かって次のステップを踏みたいんですね。 いつこの選択…
端的に、必要だと思います。 一九九六年ですか、のときには、私も当時、まだ若かったこともございまして、今ほど金村委員がおっしゃったようなお話を、若い私や私の同級生といいますか、の間で交わしたことも記憶しております。逆に言いますと、そういう思いを持ってずっと宙ぶらりんになった方々がこの日本にもう三十年近くいるということでございますので、それは仮に、私が望むような、若しくは金村委員が望むような結果にならないとしても、きちんとした結論を出すというのは立法府としての義務であろうというふうに考えております。 それは、私が法案提出者として決めることではなく、ここに…