布柴靖枝文教大学人間科学部教授

2025年6月10日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第21号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 53 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

戸籍をどこまでいじるかいじらないかというところ、民法をどこまで、そういった議論があるかと思うんですけれども。戸籍法が大事だというのであるならば、なぜ戸籍法のもっと門戸を開いて、現在困っている人たちの姓も、別姓も認められないのかなというのは常々疑問に思っております。

私は心理学が専門でありますので、アイデンティティーの問題、アイデンティティーの問題と、すごく軽い言葉で言われて、特に慎重派の方は、たかが、たかがとは言いませんけれども、アイデンティティーがなぜそこまで問題なのかというふうな疑問を聞くこともあるんですけれども、心理学的にアイデンティティーを脅かされるということは自分らしさを否定されることになりますので、本当に生きていくのが苦しくなるということを知っておいていただきたいと思います。

今、若い人たちで、アイデンティティークライシスで、自分がどう生きていったらいいのか分からない、自分は生きている価値があるのかどうかすらも分からないと。そういった人たちの声を聞くと、やはり、皆さん、アイデンティティークライシスを味わっているわけです。

ですから、維新さんが出された案は、結局、二つの姓を維持することになります。そして、通称名を使っていくということで、逆に戸籍の方の姓は使えないということになるんでしょうか。ということで、ちょっとその辺が、運用が非常に、より固くなってしまうのではないかなということを懸念しております。

ですから、私が言いたかったことは、別姓を希望する人が、なぜかというと、戸籍にやはりちゃんと自分の姓をしっかりと載せてほしい、そういうことなんです。通称名は、所詮、通称名なんですというふうに私は感じております。

以上でございます。

前後のやりとり

49の発言を見る

57の発言を見る