皆様、こんにちは。私は、島田順司と申します。
五年前の二〇二〇年三月十一日に、私は突然逮捕されました。当時、私は、横浜にある化学機械メーカー、大川原化工機株式会社の海外担当の取締役でした。容疑は、大川原化工機が輸出した、牛乳を粉ミルクなどにする噴霧乾燥機、スプレードライヤーが生物兵器に転用可能な機械とみなされ、中国に不正に輸出したというものでした。警視庁公安部は、社長と、設計、開発を担った顧問の相島さんも同時に同じ容疑で逮捕いたしました。
私たち三人は、逮捕の一年ほど前から、延べ九十八回にわたり警察の任意調査に応じてまいりました。また、その間、社員への聴取は延べ二百九十回にも及びました。そして、聞かれたことは全て正直に答え、輸出した噴霧乾燥機は生物兵器への転用は不可能であり、輸出規制には該当しないということを何度も説明しました。
しかし、警察は、私たちを突然逮捕し、勾留、閉じ込め、家族、社員、社会からも分断いたしました。任意聴取の段階で、警察は私が話した内容を調書に記載せず、話してもいない言葉を記載しました。私は、警察を信用できなくなり、逮捕後の取調べに対しては全て黙秘することに決めました。黙秘する私に対し、警察は、弁護士に言われたから黙秘しているんだろう、弁護士の言うことを聞いて失敗した人を多く知っていると不安をあおりました。
黙秘を行使しても、取調べは、三月の三十一日に起訴されるまで二十一日間、ほぼ毎日密室で続きました。そして、その間、録音、録画もなく、弁護士の立会いも許されなかったことはもちろん、メモを取ることさえ許されませんでした。警察は、話したいことはないのか、黙秘しているということは反省していないということかなどと何度も問いかけてきました。
黙秘権の根拠は、憲法の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」という条文だと弁護士さんから聞きました。しかし、警察は、黙秘権を行使したにもかかわらず、私に対して、自白、つまり不利益な供述を連日取調べで求めてきました。私は、弁護士さんもいなく、たった一人で連日の取調べをされ、自白を迫られている間、黙秘を続けることがこんなに苦しいのかと初めて分かりました。黙秘権の意味は何だったんでしょう。
私たちが勾留されたのは、警察の留置所でした。そこでは番号で呼ばれ、まるで罪を犯した者であるかのように扱われました。移動する際には手錠と腰縄でつながれ、目を合わせるな、下を向けと大声でどなられ、奴隷のような屈辱的な扱いをされました。私たちの処罰は、逮捕の瞬間から始まっていました。その処罰は有罪判決を受けてから始まるべきだと思います。無罪の推定はどこに行ったんでしょうか。
もちろん、メールも電話もできません。しかし、私たちは裁判所から接見禁止決定も出されておりましたので、会えるのは弁護士さんだけでした。私は、家族がどのような状態にあるのか心配でなりませんでした。
このような毎日で、体力、精神力を削られ、早く出るためには罪を認めてしまうのが得策だと悩む日もありました。
現在の法律では、起訴がされるまで保釈は請求できません。そこで、逮捕後二十一日で起訴されるとすぐに、弁護士さんに保釈請求を出していただきました。しかし、裁判所はこれを却下。理由は、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるというものでした。
証拠隠滅のおそれといっても、警察は、大川原化工機を強制捜査してあらゆる資料を押収した上に、一年半にもわたる任意調査の調べでたくさんの調書を作っておりました。今更隠滅する証拠など何もないのです。裁判所は、社員と会わないという保釈条件もつけることができますし、保釈条件を破れば保釈を取消しできます。条件をつけた上でも、すぐに保釈してほしかったです。
結局、保釈請求は五回も却下されました。毎回、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると言われました。そして、二〇二一年二月四日、六回目の保釈請求がとうとう認められるまでに、実に三百三十二日間も拘束されました。実行が不可能な証拠の隠滅のおそれを理由に、無罪を推定されているはずの被疑者に、これほど長く拘束し、人の自由を奪うということは、大きな人権の問題だと私は思います。
逮捕から、六か月後、事件は急展開を見せました。二〇二一年七月三十日、初公判の四日前、突然、検察は公訴を取り消しました。つまり、犯罪ではなく、我々は無実だということです。結局、刑事公判は始まることなく終了いたしました。
しかし、私たちと一緒に逮捕された同僚の相島さんは最後まで保釈が認められず、間違った起訴、勾留により劣悪な環境に拘束され続け、適切な病気治療もなされず、無実を知らされないまま、二〇二一年二月の七日、他界しました。
また、私たちが起こした国家賠償請求訴訟に対し、東京地方裁判所は、昨年十二月二十七日、警察の逮捕や取調べ、そして検察の起訴が違法だと認め、国と東京都に一億六千万の賠償を命じました。裁判では、現役の警視庁公安部の捜査員が、捜査は捏造だと証言しました。
このような冤罪事件を再発させないために、是非、国会議員の皆様には、早急に、このような不正義と悲劇を許してしまうような法制度を改正していただきたいと思います。
まず、取調べのやり方ですが、私は、一年半の任意の取調べの間に三十九回の取調べを受けました。その間、私が何回も何回も供述した事実を警察は調書に記載しませんでした。私は事実を残す必要があると考え、録音しました。この結果、国家賠償請求訴訟で、私が明確に不正を否定しているということが立証できました。録音、録画は取調べの事実を明らかにする唯一の方法であり、捜査側にとっても何ら支障がないはずです。
国会議員の皆様には、全ての被疑者、参考人に対するあらゆる検察、警察の聴取や取調べを録音、録画する法改正をお願いいたします。そして、早急に、メモさえ取れないということが起きないような制度改正をお願いいたします。また、少なくとも、全て聴取の録音、録画が実現されるまでの間、ICレコーダー等での録音を妨げない制度改正をお願いいたします。
最後に、疑いがあるというだけで長期の身柄拘束を正当化し、接見禁止決定を出して家族とさえ接触を禁止し、精神的に追い詰め、自白を求める今の人質司法という制度を一日も早く是正していただきたいと思います。そのためにも、家族との接見を禁止する制度はすぐに廃止していただきたいと思います。
そして、亡くなった相島さんを含め、私たちを勾留し続ける理由となった法律の文言、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」は削除していただき、無罪の推定が及んでいる人間を拘束しないという近代国家の原則に沿った内容に改正していただきたいと思います。
そして、二度とこのような冤罪事件が起こらないよう、お願いいたします。(拍手)
1
西村智奈美(立憲)
これより会議を開きます。
裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、国内治安、人権擁護に関する件、特に刑事手続に関する諸問題について調査を進めます。
本日は、各件調査のため、参考人として、犯罪被害者支援弁護士フォーラム代表代行兼事務局長高橋正人さん、大川原化工機株式会社元取締役島田順司さん、日本大学大学院法務研究科教授藤井敏明さん、社会福祉法人全国社会福祉協議会会長村木厚子さん、追手門学院大学心理学部教授櫻井鼓さん、以上五名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙の中、御出…
この発言のページ
2高高橋正人犯罪被害者支援弁護士フォーラム代表代行兼事務局長
ただいま御紹介にあずかりました弁護士の高橋正人と申します。
私は、平成三十年に一度解散いたしました、あすの会のときに副代表幹事をやっておりまして、被害者参加制度の創設に深く携わらせていただきました。弁護士になって二十六年になりますけれども、ほぼ途切れなく被害者支援の仕事ばかりしてまいりました。今回は、犯罪被害者の立場からは、再審法について意見を述べさせていただきたいと思っております。
幾つか論点がありますけれども、まず一番最初に申し上げたいのは、要件の緩和についてでございます。
日本弁護士連合会は、確かに、現行法では、無罪などを言い渡すべき明らかな…
この発言のページ
3
西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、島田参考人にお願いいたします。
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- (上の発言)
4島島田順司大川原化工機株式会社元取締役
皆様、こんにちは。私は、島田順司と申します。
五年前の二〇二〇年三月十一日に、私は突然逮捕されました。当時、私は、横浜にある化学機械メーカー、大川原化工機株式会社の海外担当の取締役でした。容疑は、大川原化工機が輸出した、牛乳を粉ミルクなどにする噴霧乾燥機、スプレードライヤーが生物兵器に転用可能な機械とみなされ、中国に不正に輸出したというものでした。警視庁公安部は、社長と、設計、開発を担った顧問の相島さんも同時に同じ容疑で逮捕いたしました。
私たち三人は、逮捕の一年ほど前から、延べ九十八回にわたり警察の任意調査に応じてまいりました。また、その間、社員への聴取は延べ二百九十回にも及びました。そして、聞かれたことは全て正直に答え、輸出した噴霧乾燥機は生物兵器への転用は不可能であり、輸出規制には該当しないということを何度も説明しました。
しかし、警察は、私たちを突然逮捕し、勾留、閉じ込め、家族、社員、社会からも分断いたしました。任意聴取の段階で、警察は私が話した内容を調書に記載せず、話してもいない言葉を記載しました。私は、警察を信用できなくなり、逮捕後の取調べに対しては全て黙秘することに決めました。黙秘する私に対し、警察は、弁護士に言われたから黙秘しているんだろう、弁護士の言うことを聞いて失敗した人を多く知っていると不安をあおりました。
黙秘を行使しても、取調べは、三月の三十一日に起訴されるまで二十一日間、ほぼ毎日密室で続きました。そして、その間、録音、録画もなく、弁護士の立会いも許されなかったことはもちろん、メモを取ることさえ許されませんでした。警察は、話したいことはないのか、黙秘しているということは反省していないということかなどと何度も問いかけてきました。
黙秘権の根拠は、憲法の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」という条文だと弁護士さんから聞きました。しかし、警察は、黙秘権を行使したにもかかわらず、私に対して、自白、つまり不利益な供述を連日取調べで求めてきました。私は、弁護士さんもいなく、たった一人で連日の取調べをされ、自白を迫られている間、黙秘を続けることがこんなに苦しいのかと初めて分かりました。黙秘権の意味は何だったんでしょう。
私たちが勾留されたのは、警察の留置所でした。そこでは番号で呼ばれ、まるで罪を犯した者であるかのように扱われました。移動する際には手錠と腰縄でつながれ、目を合わせるな、下を向けと大声でどなられ、奴隷のような屈辱的な扱いをされました。私たちの処罰は、逮捕の瞬間から始まっていました。その処罰は有罪判決を受けてから始まるべきだと思います。無罪の推定はどこに行ったんでしょうか。
もちろん、メールも電話もできません。しかし、私たちは裁判所から接見禁止決定も出されておりましたので、会えるのは弁護士さんだけでした。私は、家族がどのような状態にあるのか心配でなりませんでした。
このような毎日で、体力、精神力を削られ、早く出るためには罪を認めてしまうのが得策だと悩む日もありました。
現在の法律では、起訴がされるまで保釈は請求できません。そこで、逮捕後二十一日で起訴されるとすぐに、弁護士さんに保釈請求を出していただきました。しかし、裁判所はこれを却下。理由は、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるというものでした。
証拠隠滅のおそれといっても、警察は、大川原化工機を強制捜査してあらゆる資料を押収した上に、一年半にもわたる任意調査の調べでたくさんの調書を作っておりました。今更隠滅する証拠など何もないのです。裁判所は、社員と会わないという保釈条件もつけることができますし、保釈条件を破れば保釈を取消しできます。条件をつけた上でも、すぐに保釈してほしかったです。
結局、保釈請求は五回も却下されました。毎回、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると言われました。そして、二〇二一年二月四日、六回目の保釈請求がとうとう認められるまでに、実に三百三十二日間も拘束されました。実行が不可能な証拠の隠滅のおそれを理由に、無罪を推定されているはずの被疑者に、これほど長く拘束し、人の自由を奪うということは、大きな人権の問題だと私は思います。
逮捕から、六か月後、事件は急展開を見せました。二〇二一年七月三十日、初公判の四日前、突然、検察は公訴を取り消しました。つまり、犯罪ではなく、我々は無実だということです。結局、刑事公判は始まることなく終了いたしました。
しかし、私たちと一緒に逮捕された同僚の相島さんは最後まで保釈が認められず、間違った起訴、勾留により劣悪な環境に拘束され続け、適切な病気治療もなされず、無実を知らされないまま、二〇二一年二月の七日、他界しました。
また、私たちが起こした国家賠償請求訴訟に対し、東京地方裁判所は、昨年十二月二十七日、警察の逮捕や取調べ、そして検察の起訴が違法だと認め、国と東京都に一億六千万の賠償を命じました。裁判では、現役の警視庁公安部の捜査員が、捜査は捏造だと証言しました。
このような冤罪事件を再発させないために、是非、国会議員の皆様には、早急に、このような不正義と悲劇を許してしまうような法制度を改正していただきたいと思います。
まず、取調べのやり方ですが、私は、一年半の任意の取調べの間に三十九回の取調べを受けました。その間、私が何回も何回も供述した事実を警察は調書に記載しませんでした。私は事実を残す必要があると考え、録音しました。この結果、国家賠償請求訴訟で、私が明確に不正を否定しているということが立証できました。録音、録画は取調べの事実を明らかにする唯一の方法であり、捜査側にとっても何ら支障がないはずです。
国会議員の皆様には、全ての被疑者、参考人に対するあらゆる検察、警察の聴取や取調べを録音、録画する法改正をお願いいたします。そして、早急に、メモさえ取れないということが起きないような制度改正をお願いいたします。また、少なくとも、全て聴取の録音、録画が実現されるまでの間、ICレコーダー等での録音を妨げない制度改正をお願いいたします。
最後に、疑いがあるというだけで長期の身柄拘束を正当化し、接見禁止決定を出して家族とさえ接触を禁止し、精神的に追い詰め、自白を求める今の人質司法という制度を一日も早く是正していただきたいと思います。そのためにも、家族との接見を禁止する制度はすぐに廃止していただきたいと思います。
そして、亡くなった相島さんを含め、私たちを勾留し続ける理由となった法律の文言、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」は削除していただき、無罪の推定が及んでいる人間を拘束しないという近代国家の原則に沿った内容に改正していただきたいと思います。
そして、二度とこのような冤罪事件が起こらないよう、お願いいたします。(拍手)
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西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、藤井参考人にお願いいたします。
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6藤藤井敏明日本大学大学院法務研究科教授
藤井と申します。よろしくお願いいたします。
私は、令和三年六月に裁判官を定年退官いたしまして、翌年の四月から日本大学法科大学院で刑法と刑事訴訟法の講座を担当して三年になります。裁判官時代には司法研修所の教官というのも経験しておりまして、そのときの最も優秀な教え子の一人が篠田委員でございます。
それでは、本題に入ります。
本日は、元裁判官という立場から、冤罪が起こる原因、理由として考えられるものと、それを減らすための改善策について所見を申し上げます。
冤罪という言葉には、罪がないのに罰せられることに限定する使い方もありまして、この場合には誤判という…
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西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、村木参考人にお願いいたします。
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