外からはうかがい知ることができない組織の奥深くといいますか、組織の内部においてなされている不正であるとか腐敗であるとか不祥事であるとか、もし放置していればどんどん悪化していって、行く行くは、外部の人、一般の消費者、あるいは一般の有権者、納税者に迷惑をかける、被害を与えるような、そういう不正の芽、腐敗の芽を、早い段階で、そのことを知ることができる内部にいる人から、コミュニティーの外、事業者内部のしかるべき監査部門であるということもあるかもしれませんし、権限を持った行政機関ということもあるかもしれませんし、あるいは、もっとより広い、報道機関であるとか、そういうことにたけた市民団体であるとか、そういうところであるかもしれませんけれども、内部のコミュニティーからすると外の、それを正すことができる可能性、見込みがある人に対してその情報を伝える、そういうことが内部告発あるいは公益通報ということに当たるのではないかというふうに考えております。
よく密告じゃないかというふうに言われることがあると思うんですけれども、私が考えますに、正当な内部告発あるいは公益通報をする人と密告者は全く異なるもので、内部告発、公益通報する人は往々にして大変な不利益を強いられて、誰のためにそれをするかというと、世の中のため、公のためにする、パブリックのためにするというものであると思います。
これに対して密告者は、どちらかというと、自分の私利私欲、自分の保身であったりとか、自分の、私、利己的な目的で、かつ、パブリックのためというよりも、お上のため、権力、権威のために通報するということであると思います。
独裁的な、あるいは権威主義的な国では、公益通報者、内部告発者は弾圧されて、密告者がはびこる。それに対して、自由な、民主的な国では、密告者は嫌われて、内部告発者、公益通報者は尊敬される。そういうふうな国でありたいというふうに私としては思っています。
54丹丹野みどり(国民)
ありがとうございます。
今、立証責任転換の話が出ましたので、そこに引き続いて質問しますが、不当な配置転換に対しての立証責任、これが事業者側にある場合と通報者側にある場合とで、志水先生、これはそれぞれどのような点で違いがあって、どういうところが難しいのか教えてください。
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55志志水芙美代弁護士/市民のための公益通報者保護法の抜本的改正を求める全国連絡会幹事
先ほどの、昭和六十一年の最高裁が今も配置転換の場合の法理として生きているというお話をさせていただいたんですけれども、今、労働者が配置転換が無効であるというふうに争おうとしたときには、その権利濫用の枠組みの中で主張、立証せざるを得ないというところがあります。
業務上の必要性のところで頑張って立証しないといけないというところがあるんですけれども、これを公益通報者保護法の枠組みの中で立証責任の転換の条項が設けられれば、通報を理由としてそういった不利益な配置転換がされたことということが立証責任として転換されてしまいますので、事業者側としては、通常の業務上の必要…
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56丹丹野みどり(国民)
ありがとうございました。
次に、奥山教授に伺います。
奥山さんは、長らく朝日新聞の記者として、多様な観点から取材をされていると思います。なので少し大きな論点で伺いたいんですけれども、ずばり、今回の公益通報とは何かというのをお答えいただければと思います。
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- (上の発言)
57奥奥山俊宏上智大学文学部新聞学科教授
外からはうかがい知ることができない組織の奥深くといいますか、組織の内部においてなされている不正であるとか腐敗であるとか不祥事であるとか、もし放置していればどんどん悪化していって、行く行くは、外部の人、一般の消費者、あるいは一般の有権者、納税者に迷惑をかける、被害を与えるような、そういう不正の芽、腐敗の芽を、早い段階で、そのことを知ることができる内部にいる人から、コミュニティーの外、事業者内部のしかるべき監査部門であるということもあるかもしれませんし、権限を持った行政機関ということもあるかもしれませんし、あるいは、もっとより広い、報道機関であるとか、そういうことにたけた市民団体であるとか、そういうところであるかもしれませんけれども、内部のコミュニティーからすると外の、それを正すことができる可能性、見込みがある人に対してその情報を伝える、そういうことが内部告発あるいは公益通報ということに当たるのではないかというふうに考えております。
よく密告じゃないかというふうに言われることがあると思うんですけれども、私が考えますに、正当な内部告発あるいは公益通報をする人と密告者は全く異なるもので、内部告発、公益通報する人は往々にして大変な不利益を強いられて、誰のためにそれをするかというと、世の中のため、公のためにする、パブリックのためにするというものであると思います。
これに対して密告者は、どちらかというと、自分の私利私欲、自分の保身であったりとか、自分の、私、利己的な目的で、かつ、パブリックのためというよりも、お上のため、権力、権威のために通報するということであると思います。
独裁的な、あるいは権威主義的な国では、公益通報者、内部告発者は弾圧されて、密告者がはびこる。それに対して、自由な、民主的な国では、密告者は嫌われて、内部告発者、公益通報者は尊敬される。そういうふうな国でありたいというふうに私としては思っています。
58丹丹野みどり(国民)
ありがとうございます。
内部告発をした人は、自らの命をもって抗議するという最悪の結果がつい最近も起きてしまいました。また、串岡さんのように報復人事によって本当に人生を狂わされてしまう、そういう方もいらっしゃる限り、告発はやめておこうと思う流れがあると思うんですね。内部告発した人は必ず守られるんだという絶対の担保がないと、この事態は変わっていかないと思っております。
もう一度、奥山教授に伺いたいんですけれども、この法律を不完全ながらも改正していく、この先に、絶対の担保というか、公益通報者が密告者ではなくて、公益通報者が正しい気持ちでしっかり守られるんだ…
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59奥奥山俊宏上智大学文学部新聞学科教授
法律のみによって公益通報者が守られるというわけではないと思います。法律だけではなくて、例えば、政治的、社会的、あるいは世論のバックアップとか、あるいは御本人の心の安寧、自分は正しいことをやっているんだという確信を自分に対して持てるとき、それは心の安寧を得ることができるのであろうと思います。そういう総合的な結果として、ちゃんと自分の考えることが果たされた、正義が果たされた、自分も守られたというふうに感じるということが望ましい形なのであろうと思います。
そういう一助として法律があって、その法律というのは、今回、改正法案が今出ておりますけれども、それだけでは…
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60丹丹野みどり(国民)
ありがとうございます。
時間になりましたので質問を終わりますけれども、本当に、法律だけではなくて、こういった様々な議論も、機運も必要かと思っておりますので、続けたいと思っております。
ありがとうございました。
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