江田憲司 (立憲民主党)

2025年4月18日・第217回国会 衆議院 財務金融委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 100 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 214 発言)

分かりました。

それから、もう一つはっきり言わないかぬのは、米国債を売れなんて、私、一言も言っていませんからね。皆さん、区別して議論してくださいね。米国債を売るということと、米国債が満期になって返ってくる償還金を円転しろというのは全く違うということですよ。私はそっちを言っているのでね。

過去、私がお仕えした橋本龍太郎総理の有名な、コロンビア大学の発言がありますよね。あれは、米国債を売れなんですよ。あのときにメディアは失言だと何だか批判しましたけれども、とんでもない。これは用意周到に、御省の財務官経験者と私と橋本総理、大蔵大臣もやった橋本総理が本当に入念に打ち合わせた上で発言したんですよ。

その背景を申し上げますと、今、トランプの関税交渉でにわかにまた脚光を浴びている日米自動車交渉、あのときは、理不尽な数値目標、市場原理に反するようなことを平気で言ってきたわけですよ、当時、USTR代表が。とにかく、日本で車を造るときには、米国製部品のコンテンツ率、含有率を何年までに何%まで上げろ、アメリカ車を扱う日本のディーラー数を何年までに何店舗にしろと。敢然とはねつけたわけですね、敢然と。これは、加藤大臣、ちょっとあれになりますが、是非参考にしていただきたいんですよね。

だから、結局、あの当時、はねつけられたのは、それは橋本総理のお力にもよるんですけれども、やはり、EUとかASEAN諸国は本当に心配して日本との交渉を見ていたんですね。もし本当に日本がこんな数値目標を受け入れちゃったら、明日は我が身ですから。ですから、例えば、OECDの場に行ったとき、まあ今度、IMF、世銀にも行かれるから、是非、根回しというか、多数派工作というか、要は、意識を共有していただきたいんですよ。

そのときにOECDを全部回りましたよ。当時、二十五か国、大臣と一緒に私も回りましたね。そうしたら、みんな、これはおかしいと。それで、OECDで、二十四対一で米国が孤立したんですよ。それで、米国は、USTRのカンターは、途中からOECDの場に、雲隠れして出てこない。当時、クリストファー国務長官までが、次の月にG7があったものだから、クリストファー国務長官が、G7で自動車問題は、日本、出してくれるなと言われるまで追い込んだんです。

それで、最後、クリントン大統領に電話をして、カンターが。だから、USTRのカンターは全くマンデートがなかった。ずっと平行線だったんです。だけれども、最後の最後、六月二十八日に、向こうが設定した締切り期限の十一時にクリントン大統領とカンターは電話をするから、十一時十五分に来てくれと言われて、行ったんですよ、私と大臣、二人で。そうしたら、一気にベた降り。要は、はっきり言えば、クリントン大統領が、こういったいろいろな国際情勢を見た上で、やっとカンターに降りていいという指令を出したということですから。

是非、IMF、世銀の場で、いろいろな、大臣、お会いすると思いますから、ほとんどが今の米国のやり方はおかしいと思っていると思うので、是非そういう努力をしていただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。

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