お答えをいたします。
福岡空港の沿革についての御質問であるというふうに認識しております。
福岡空港につきましては、委員御指摘のとおり、第二次世界大戦中に陸軍の席田飛行場として整備され、終戦後、米軍に接収され、板付基地となった後、昭和二十六年に国内線が開設され、民間航空の利用が開始されたと承知しております。
その後、昭和四十七年に米軍から全面返還され、国管理の空港となった後は、増大する航空需要に対応するため、国際線ターミナル地区や平行誘導路の整備など、空港の機能強化を行ってきたところです。
平成二十八年には、更なる航空需要への対応を図るため滑走路の増設事業に着手し、その後、平成三十一年の民間運営委託の開始を経て、今月二十日より、二本目の滑走路の供用を開始する運びとなっているところであります。
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阿部弘樹(維新)
何を言っているんですか。一蓮託生ですよ。同じ穴のムジナと見られますよ。苦言を言ってくださいよ。
でも、質問に移りますね。
次に、僕は大臣の横に座っているから、よく見えるんですよ。あなた、小宮山代議士の質問のときに携帯電話を見ていたじゃないですか。カメラに映っていますよ。何を見ていたんだ。大体、見ちゃいけないでしょう、代議士の質問のときに、左ポケットに携帯電話を戻して。どうですか。
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125
中野洋昌(公明)国土交通大臣
済みません。大変失礼をいたしました。
様々な答弁のこともございましたので、ちょっと私の携帯にもいろいろな、何というんでしょう、ちょっと資料、資料というか、ちょっと確認をさせていただいていたことは、大変恐縮でございます。おわび申し上げます。
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阿部弘樹(維新)
まあ、私もこの委員会は初めてですけれども、大臣が携帯を御覧になってあるなんて初めてですから。変えられた方がいいですね、秘書官からメモをいただくとか。
では、質問に移ります。
先日は福岡空港の滑走路増設の供用式に、大臣、出席いただきましてありがとうございます。私も一緒にテープカットをさせていただきました。
でも、米軍関係者や自衛隊関係者は全くお呼びになっていない。あの空港というのは、戦前、陸軍が土地を供出させて造った陸軍の空港ですよ。戦後は敗戦に伴って米軍の基地になった。そして今は、昭和四十七年ですか、国の空港と、民間空港となったわけですが、その経緯…
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- (上の発言)
127平平岡成哲国土交通省航空局長
お答えをいたします。
福岡空港の沿革についての御質問であるというふうに認識しております。
福岡空港につきましては、委員御指摘のとおり、第二次世界大戦中に陸軍の席田飛行場として整備され、終戦後、米軍に接収され、板付基地となった後、昭和二十六年に国内線が開設され、民間航空の利用が開始されたと承知しております。
その後、昭和四十七年に米軍から全面返還され、国管理の空港となった後は、増大する航空需要に対応するため、国際線ターミナル地区や平行誘導路の整備など、空港の機能強化を行ってきたところです。
平成二十八年には、更なる航空需要への対応を図るため滑走路の増設事業に着手し、その後、平成三十一年の民間運営委託の開始を経て、今月二十日より、二本目の滑走路の供用を開始する運びとなっているところであります。
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阿部弘樹(維新)
説明に誤りがありますね。米軍から全面返還ですか。あそこには米軍基地はないんですか。
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129平平岡成哲国土交通省航空局長
お答えいたします。
米軍の施設はございます。
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阿部弘樹(維新)
もう一つ説明が不足していること。あそこは自衛隊の航空基地じゃないんですか。春日の航空基地でしょう。
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