田村貴昭 (日本共産党)

2025年3月14日・第217回国会 衆議院 厚生労働委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 32 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 78 発言)

それは納得できません。だって、患者さんにとってみたら、月に払う上限額、それから年間の上限額、これは数万円、十数万円、数十万円で上がっていく。そうすれば、もう私は治療を諦めて子供たちにお金を残していきたい、そう生の声は、大臣、何度も聞いてきたはずじゃないですか。今でも限界なんですよ。その上限額を引き上げるということは、すなわち死を意味する、治療を断念する、そういう思いがまだ伝わっていないのか。私は、この問題、引き続き取り上げていきたいと思います。

この間、政府は、高額療養費の伸びは国民医療の倍近い、持続可能性を維持するために負担上限引上げは必要だと繰り返し述べてきました。全がん連との協議においても、制度維持の必要性を強調されたというふうにも聞いています。

しかし、医療保険というのは、人間誰しも病気になり、けがをします、そのときの医療費負担を社会連帯の精神で、国民全体で分かち合う制度なのではないんですか。社会連帯の制度だからこそ、保険は応能負担になっているんです。なぜ高額療養費は独自に持続性が問題となるんですか。

政府が繰り返し強調する持続性というのは、国民医療費の伸びの範囲に高額療養費の上昇を収めようとするのか、これに合わせようとしているのか、だから負担増は仕方がないとしているのか、それについてもお答えをいただきたいと思います。

前後のやりとり

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