私が従来申し上げている私の個人的な考え方の基本は変わっておりませんし、中山調査会の調査報告書を高く評価しているという認識も私個人として変わっておりませんが、一方で、二〇一三年から既に十二年経過をしておりますので、その後のこの場等における様々な議論というものもその上に乗せた上で、今後どうするかということは各党の幹事の皆さんと御協議をして進めてまいりたいというふうに思っています。
枝野幸男 (立憲民主党)
2025年3月13日・第217回国会 衆議院 憲法審査会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 65 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 77 発言)
前後のやりとり
細野委員から御質問をいただきました。ありがとうございます。 この会期で進めるに当たって、既に幹事懇談会などでも申し上げておりますが、それぞれ、やはり、党を代表して御発言をいただこうと。そのためにも、やはり、党内での議論、あるいは党内での情報共有、これにしっかりと時間をかけて、党を代表して発言していただこうじゃないかということで臨んでおりますことをまず申し上げたいというふうに思います。 その上で、当憲法審査会、これまでは、やはり、衆参三分の二以上の議員の発議でという憲法改正の条件がございますので、この憲法審査会でも、できるだけ多くの会派が合意する、ある…
細野さん、もしあれば、短く。
基本的には中山プロセスを維持するというふうに私は理解をいたしました。 枝野会長は、二〇一三年の文春に更にそれを詳しく書いておられて、中山報告書の中で多く述べられたという部分が、少なくともスタート台としては一致したものだったというふうに発言をされています。 そして、衆議院法制局の方に、それでは中山報告書の中で多く述べられた部分は何なのかということがまとめられましたので改めて振り返りますと、今議論された緊急事態における法制は、中山報告書という、枝野会長が高く評価をされ、そしてそこで議論されたプロセスの中の一致点、すなわち多く述べられたという項目に入ってい…
- (上の発言)
私が従来申し上げている私の個人的な考え方の基本は変わっておりませんし、中山調査会の調査報告書を高く評価しているという認識も私個人として変わっておりませんが、一方で、二〇一三年から既に十二年経過をしておりますので、その後のこの場等における様々な議論というものもその上に乗せた上で、今後どうするかということは各党の幹事の皆さんと御協議をして進めてまいりたいというふうに思っています。
日本維新の会の和田有一朗でございます。 私は、地元は実は神戸でございまして、一・一七、阪神・淡路の震災のときに、被災地の真ん中で、延期をされた統一地方選挙に出馬をした経験を持っています。候補者でございました。次に、三・一一、東日本の大震災のときも、私は被災地外の神戸で統一地方選挙に出馬をしている経験を持っています。ですから、二つとも議員あるいは候補者というような視点でこの経験を少し語りながらお話ししたいと思うんです。 このとき、一・一七、何が起こったかといいますと、まず電気、ガス、水道は止まって、道路は切れるし、鉄道は止まるし、電車は来ないし、何にも…
和田委員、ありがとうございます。 私も、平成七年、県議会議員選挙、平成三年に立候補して次点で落選しておりますので、四年間の準備を経て挑戦する三か月前でございました。 地元でも活動していたんですが、地元の支持者の方に、あんた、こういうときこそちゃんと兵庫に行って現場を見てきなさい、ボランティアをというようなこともあって、当時、青年会議所が活動していましたので、それに応募して、十日後ぐらいですかね、現地に伺いました。 そのときに、尼崎の電気工事事業者の方と偶然行き会って、それで、二人でずっと一日、神戸市内を回ってそれぞれの対応をしました。本当に、三か月…
和田さん、あれば、短くお願いします。
顔写真の出典(Wikimedia Commons、4件)
- 枝野幸男: Yukio Edano 2024-10-14 (cropped).jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、Noukei314、CC BY-SA 4.0
- 武正公一: Takemasa Koichi.jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、内閣官房内閣広報室、CC BY 4.0
- 細野豪志: Goshi Hosono (Naoto Kan Cabinet).jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、内閣官房内閣広報室、CC BY 4.0
- 和田有一朗: Yuichiro Wada 20230702.jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、總統府、CC BY 2.0