岡野純子 (国民民主党)

2025年4月23日・第217回国会 衆議院 経済産業委員会 第12号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 171 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 245 発言)

国民民主党の岡野純子でございます。

本日も質問の機会をありがとうございます。

本日は、女性特有の健康課題とその経済損失について伺ってまいりたいと思います。

今日、これをテーマにするに至りました経緯として、まずは、私が政治の世界に入ることになったきっかけを、お耳汚しですが、お聞きいただきたいんです。

私は今高校二年生の娘がおりますが、彼女が一歳だったときに、私のママ友、同じ境遇のママ友が離婚をしまして、すると、そのときに携わっていた会社のプロジェクトから降ろされたと私の前で泣いておりました。

いわく、私は選挙区は浦安なんですけれども、埋め立てた町ですので、選挙区の八五%が核家族という状況で、子供に何かあったときに大事な仕事に穴を空ける人材は必要ないというふうに上司に言われたと言って泣いておりまして、確かに、核家族ですから、一義的に親が見る、何かあったときには祖父母が見るということができなくて、病気の子供を友達に預けるわけにもいかないし、確かに上司の言うとおりなんだよねというふうに泣いている友人を見て、私は、共に泣いてあげるという選択肢もあったのかもしれませんけれども、だったら、次のセーフティーネットは、行政が見るべきなんじゃないかと思って調べました。当時、浦安市には病児保育というものがなかったので、じゃ、私にできるかどうか分からないけれども、一緒には泣かないで、半年後に市議選があるから、それに出て市議会議員になって、できるか分からないけれども病児保育をつくるよということを言って手を挙げたというのが私が初めて出馬をした経緯でありました。

その後、年に一回、市議会の現場でそのことを訴えておりまして、すると、最初は、子供が病気なのに、それを置いて働きに行けることを推進するなんて、おまえの血は何色だというようなことを言わんがばかりの、蹴られ、笑われという感じだったんですけれども。いや、そうじゃないんだということを伝えるために、アンケートを取ってみたりとか、当事者のお母さんを連れて市長室に直談判に行ったりとか、そういうことを繰り返して。

年に一回やって、四年目、四たび伺いますと言って聞いたときに、当時、市長は七十歳の男性だったんですけれども、私はこれまで病気の子供は一義的には親が面倒を見るべきだと思っていました、まで言われて、またかと思ったら、ですが、という答弁になりまして、この間、当事者の声を聞いていて自分の価値観が大きく変わって、これも行政の責務だということで、順天堂大学病院というのがあるんですけれども、そこの中につくります、そういう答弁が出まして。本当に膝から崩れ落ちるような思いをしたというか、ここにいらっしゃる先生方は皆さんそうですが、自分がこうだと思ったものが、社会の課題が解決していくというのは、この仕事の一番大きな醍醐味を感じる瞬間ですから、本当にやりがいを感じた経験であります。

そのときに思ったのが、当事者の声、すなわち、市長はそういう困っている声が行政課題とは思っていなかったというところを変えることができたということでしたから。つまりは、女性支援は、別に女性じゃないとできないわけではなくて、想像力とリサーチ力を発揮すれば誰でもできるのかもしれませんけれども、自分が当事者であったりとか、目の前で泣いた人を見たりとか、その渦中にいる人間というのは、言葉に力が生まれたり、政策に血が通うといいますか、やることのモチベーションの維持にもつながると思います。ですので、私が女性議員としてこの世界にいる限りは、私に近い属性の人の声を伝えていくのは私の責務なのかなというような思いで、これまでもそのように政治に取り組んできた次第であります。

当時は、病児保育、産前産後に関心があったんですが、それから月日が流れまして、私は今は更年期に興味があるんです。それで、今日は、女性特有の健康課題が経済的にも損失を与えているということで、このことを時間いっぱい聞いてまいりたいなと考えております。

まず、経済産業省から、女性特有の健康課題、すなわち、生理痛とか更年期障害、不妊治療などによる労働生産性の低下、欠勤、退職、キャリア中断、こういったものが含まれているんですが、それらの経済損失の試算が行われました。これが私が思っていた想像をはるかに上回る金額でしたので、まずは、ずばりその金額を御答弁いただきたいと思います。

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