大臣は包括的におっしゃってくださいましたが、もちろん、汚染を起こしたチッソという企業、実は、昭和七年からアセトアルデヒドの加工をやっていて、水銀が出ていた。そして、戦争を挟んで、戦後の高度経済成長期に事業規模が拡大されて、今までを勝る水銀が湾に捨てられた。そこから汚染が始まるわけですが、でも、企業がそういうことを起こしたときに国が迅速に正しく対応しておれば、私はここまでの不幸はなかったと思うんです。
大臣もお聞き及びかもしれませんが、一九五三年に猫がくるくると回って狂ってしまう。そして、一九五五年には月浦という湾のところの猫が全滅をしてしまう。そして、そこに住んでいた女の子のきょうだい二人が初めての公式患者認定を受けるのが一九五六年であります。
しかし、実際の水俣のチッソ工場の排水が止められたのは一九六八年であります。一例目が公式認定されてから十二年もたって初めて止められるわけです。
その間、企業は、企業の排水であることを否定したり、あるいは、国は一九五八年に水質二法というのを作ってこの地域の水質についての規制をかけたわけですが、元を断たなきゃ駄目、排水を止めなければこれはずっと続くわけです。そのことが、二〇〇三年の最高裁で、国の不作為ですね、水質二法に基づく規制が不十分なものであったゆえにこれだけの患者さんを生んでしまったと。ここは国賠訴訟になるわけです。国の責任ということを是非浅尾大臣には省庁に徹底をして共有していただきたいです。
そういうものがないと、患者さん、被害者への目線も、仮病ではないか、お金欲しさではないか。みんなつらいから訴えるんですね。裁判など本当はしたくない、だけれども、認められないから自分の命のぎりぎりのところでやっているということなんだと思います。
今の私が申し上げた水質二法の規制が不十分で、それだけじゃなくて、当時の経済企画庁は、実は、協議会を開催していたものも中断させて、一九六〇年です、以降、排水をある意味知っていながら規制しなかった結果なのであります。私はそう認識しておりますが、大臣、いかがでしょうか。
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近藤昭一(立憲)
次に、阿部知子さん。
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阿部知子(立憲)
立憲民主党の阿部知子です。
私は、ただいまの野間委員の御質疑に引き続いて、環境省の在り方を大臣にお尋ねしたいと思います。
今野間さんがお取り上げになったのは、特に水俣病問題で、さきに私がこの場で質問をさせていただいた宇城市でのカレンダーの問題、そして、今般の家庭教師トライにおける水俣病が遺伝性の疾患であるという誤った記載等々、相次いでおります。
それに対して、環境大臣として、浅尾大臣は各々のそういうことを起こしたところに対しての善処を求めているわけですが、こうやって余りに引き続いて起こるということは、やはり、我が国の水俣病に対する受け止め方、あるい…
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浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
御案内のとおり、水俣病そのものは、原因企業がメチル水銀を排出していたということ、そして、それが魚介類に蓄積され、それを食べられた方々が、メチル水銀が、有機水銀が蓄積されて発症したということでありまして、我が国の公害の原点ということであります。
国としても、環境をしっかりと守っていかなければいけない、公害を防いでいかなければいけない、そういった観点から、そうした公害が起きてしまったこと、起こさせてしまったことについて、しっかりとその責任を感じ、そうしたことが二度と起きないようにしていかなければいけないというのが国の責務だというふうに考えております。
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- (上の発言)
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阿部知子(立憲)
大臣は包括的におっしゃってくださいましたが、もちろん、汚染を起こしたチッソという企業、実は、昭和七年からアセトアルデヒドの加工をやっていて、水銀が出ていた。そして、戦争を挟んで、戦後の高度経済成長期に事業規模が拡大されて、今までを勝る水銀が湾に捨てられた。そこから汚染が始まるわけですが、でも、企業がそういうことを起こしたときに国が迅速に正しく対応しておれば、私はここまでの不幸はなかったと思うんです。
大臣もお聞き及びかもしれませんが、一九五三年に猫がくるくると回って狂ってしまう。そして、一九五五年には月浦という湾のところの猫が全滅をしてしまう。そして、そこに住んでいた女の子のきょうだい二人が初めての公式患者認定を受けるのが一九五六年であります。
しかし、実際の水俣のチッソ工場の排水が止められたのは一九六八年であります。一例目が公式認定されてから十二年もたって初めて止められるわけです。
その間、企業は、企業の排水であることを否定したり、あるいは、国は一九五八年に水質二法というのを作ってこの地域の水質についての規制をかけたわけですが、元を断たなきゃ駄目、排水を止めなければこれはずっと続くわけです。そのことが、二〇〇三年の最高裁で、国の不作為ですね、水質二法に基づく規制が不十分なものであったゆえにこれだけの患者さんを生んでしまったと。ここは国賠訴訟になるわけです。国の責任ということを是非浅尾大臣には省庁に徹底をして共有していただきたいです。
そういうものがないと、患者さん、被害者への目線も、仮病ではないか、お金欲しさではないか。みんなつらいから訴えるんですね。裁判など本当はしたくない、だけれども、認められないから自分の命のぎりぎりのところでやっているということなんだと思います。
今の私が申し上げた水質二法の規制が不十分で、それだけじゃなくて、当時の経済企画庁は、実は、協議会を開催していたものも中断させて、一九六〇年です、以降、排水をある意味知っていながら規制しなかった結果なのであります。私はそう認識しておりますが、大臣、いかがでしょうか。
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浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
水俣病は、環境が破壊され、大変多くの方が健康被害に苦しまれてきた、我が国の環境行政の原点であると累次にわたって申し上げてきているわけでありますけれども、今御指摘のいわゆる水質二法については、平成十六年の水俣病関西訴訟の最高裁判決において次のように判示がなされたと承知をしております。
すなわち、住民の生命、健康等に対する深刻かつ重大な被害が生じ得る状況が継続していたこと、水俣病の原因物質及び排出源が高度の蓋然性をもって認識し得る状況にあったこと等から、水質二法に基づく権利権限を行使しなかったことは、法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性…
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阿部知子(立憲)
チッソに問題があるのはもちろんのこと、国にも大きな問題があった。実は、今般トライが遺伝病だと記していますが、一九六二年、胎児性の水俣病が初めて世に知られるようになりました。それまで水銀が胎盤を通過するということは知られておらず、原田さんというお医者さん、私も一緒に検診に行ったことがありますが、その検診の中で初めてこの胎児性の水俣病というものを見て、逆に水銀を胎盤から赤ちゃんに送ることでお母さんの身は守られた。水銀の排出の一つの道であったわけです。遺伝したわけではなく、その意味で、宝の子と呼ばれています、子供たちは。
そして、そのことを、しっかりと被害を…
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196松松本啓朗環境省水・大気環境局長
お答えいたします。
先ほど御答弁で申し上げましたのは、令和五年度、全国二千七十八の調査地点で調査が行われまして、二百四十二地点で暫定指針値五十ナノグラム・パー・リッターを超過したところがございますということでございました。
その汚染源の特定ということにつきましては、様々なところからPFASが出ていることもございまして、特定することは一般には非常に難しいという状況でございます。
汚染が特定されたところにつきましては、特に御下問がなかったので、今は準備できておりません。申し訳ありません。
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