今の大臣の御答弁で非常に重要なことは、期限を区切らず申請が認められると。ということは、病気は変わるということなんですね。
ところが、そして、それを充実させていただくのは私はやぶさかではないですけれども、その後に作られた特措法は、二〇〇四年の関西判決だったと思いますが、これにのっとって、公健法では救済されない、しかし水俣病を否定されない方がいるんだということを前提に、あまねく広く救済をしましょうというので特別措置を定めて、およそ二年という期限を区切ってスタートした法律であります。
しかし、これについても、二年で区切られたこと、あるいは、自分はその当該場所ではないところに暮らしていたけれども、そこからの魚を買ったなどで裁判に訴えるしか道のない方がたくさん出て、それが第二次訴訟という形で今も続いております。
その中で、公健法の方では、下した認定が処分として認められて、不服申請も再申請もある。ところが、特措法は、期限を区切ってしまって、この処分、出された判定について不服申請もできない、再申請もできない中で、新潟県の当時の泉田知事は、これは行政が下した判断であるので、不服申請は受け入れるべきだということで受け入れられて、平成の二十七年と二十八年だと思いますが、四人の方が新たに特措法の一時金の対象になりました。
私は、これは非常に泉田知事の見識だと思いますし、二年で区切ったって、そこまでに申請できなかった人もいるし、症状がその後出る人もいるし、そこで区切ってしまったことで、あたう限りの救済ではなくなってしまうというふうに考えられたんだと思います。どんな患者さんがそうやって救済されたかは、お手元の資料の四枚目、五枚目につけてございますが、いずれにしろ、この四人は、新潟では不服申請をして、異議申立てをして認められた、特措法で。ところが、熊本にも鹿児島にもこういう道はありません。
大臣に伺いたいのは、これは今の法律の運用では解決しないんです。ここに再申請の道を開くか、それとも行政の不服申請、異議申立てを受け入れて、もう一度見直すか、その二つがこの特措法には準備されておりません。期限を限って、そこで何とかと思った気持ちは分かります。でも、そこからも漏れるから、また裁判が起こるわけです。もっと門戸を広げるべきではないですか。
行政の判断について不服があれば、それを受け止めて再審査すべきではないですか、いかがでしょう。
17
浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
今、風化という言葉も使われました。水俣病の経験と教訓を次世代にしっかりと伝えていく、そして、水俣病に対する差別、偏見をなくしていくことは非常に重要なことであるというふうに認識をしております。
その観点から、環境省としても、水俣病について、これまでも関連資料のデータベース化、デジタル化に係る支援を進めてきたところでありまして、令和七年度予算においても、水俣病資料館の収蔵庫の増設事業や、関係県の小中学校における水俣病学習の支援などを進めてきたところであります。
今後も、幅広く多くの方々に水俣病の経験と教訓を伝え、正しい情報発信に努めていけるよう、必要な予…
この発言のページ
18
阿部知子(立憲)
今大臣のおっしゃったことは、いずれも重要だと思います。特に、小中学生にしっかり知ってもらう。データベース化する。
と同時に、行政に携わる自治体職員についても、もう若い人たちはほとんど、自分の体験の中に御存じない方も、熊本県ですらそうであると。そうすると、例えば、水俣病として今裁判中の方が関西にもおられますし、全国におられます。やはり自治体職員について、再教育と言っては失礼ですが、いろいろ、例えば資料館を訪れてもらうとか知識をもう一度伝えるとか、そういう丁寧な取組が私はこの事件から必要とされているなと改めて思いました。
大臣、うなずいていただきましたの…
この発言のページ
19
浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
まず、公害等調整委員会において、既に公健法に基づき水俣病と認定された方に関して、神経学的所見の悪化等によりランク変更が認められた事例や、今御指摘がありましたパーキンソン症候群に伴う認知症の発症によりランク変更が認められた事例があることは承知をいたしております。
また、公健法に関しては、関係県市による認定に基づき、民事責任を踏まえた公害健康被害者に対する補償が認められていることを定めており、水俣病に関しては申請期限も定められておらず、再申請も含め、現在も申請が可能なものと承知をしております。
今後も、公健法の丁寧な運用にしっかりと取り組んでまいりたいと…
この発言のページ
- (上の発言)
20
阿部知子(立憲)
今の大臣の御答弁で非常に重要なことは、期限を区切らず申請が認められると。ということは、病気は変わるということなんですね。
ところが、そして、それを充実させていただくのは私はやぶさかではないですけれども、その後に作られた特措法は、二〇〇四年の関西判決だったと思いますが、これにのっとって、公健法では救済されない、しかし水俣病を否定されない方がいるんだということを前提に、あまねく広く救済をしましょうというので特別措置を定めて、およそ二年という期限を区切ってスタートした法律であります。
しかし、これについても、二年で区切られたこと、あるいは、自分はその当該場所ではないところに暮らしていたけれども、そこからの魚を買ったなどで裁判に訴えるしか道のない方がたくさん出て、それが第二次訴訟という形で今も続いております。
その中で、公健法の方では、下した認定が処分として認められて、不服申請も再申請もある。ところが、特措法は、期限を区切ってしまって、この処分、出された判定について不服申請もできない、再申請もできない中で、新潟県の当時の泉田知事は、これは行政が下した判断であるので、不服申請は受け入れるべきだということで受け入れられて、平成の二十七年と二十八年だと思いますが、四人の方が新たに特措法の一時金の対象になりました。
私は、これは非常に泉田知事の見識だと思いますし、二年で区切ったって、そこまでに申請できなかった人もいるし、症状がその後出る人もいるし、そこで区切ってしまったことで、あたう限りの救済ではなくなってしまうというふうに考えられたんだと思います。どんな患者さんがそうやって救済されたかは、お手元の資料の四枚目、五枚目につけてございますが、いずれにしろ、この四人は、新潟では不服申請をして、異議申立てをして認められた、特措法で。ところが、熊本にも鹿児島にもこういう道はありません。
大臣に伺いたいのは、これは今の法律の運用では解決しないんです。ここに再申請の道を開くか、それとも行政の不服申請、異議申立てを受け入れて、もう一度見直すか、その二つがこの特措法には準備されておりません。期限を限って、そこで何とかと思った気持ちは分かります。でも、そこからも漏れるから、また裁判が起こるわけです。もっと門戸を広げるべきではないですか。
行政の判断について不服があれば、それを受け止めて再審査すべきではないですか、いかがでしょう。
21
浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
平成二十一年に超党派の議員立法で成立した水俣病被害者特措法では、救済を受けるべき人々が早期にあたう限り全て救済されることを実現するため、救済措置の開始後三年以内をめどに救済措置の対象者を確定することなどが定められたものと承知をしております。
また、環境省においては、水俣病被害者特措法は、水俣病被害者の救済の基本的な考え方や、国や関係自治体の役割を定めたものであり、救済措置の対象者の判定は、行政不服審査法上の処分には当たらず、同法に基づく異議申立ての対象に当たらないとの法令解釈を示してきたところであります。
当時、こうした法の規定等に基づきながら、申請…
この発言のページ
22
阿部知子(立憲)
私がるる申し上げたのは、それでは救済されないから、道を開けと申し上げたんです。その経過は存じております。しかし、この特措法の精神は何か。救済を受けるべき方々をあたう限り全て救済となっております。早くに救済することは大事です。でも、あたう限り全て救済というのがこの特措法の理念だと私は思います。
現実が理念にたがえている、沿わないことを大臣は深く認識した上で、水俣に行っていただきたい。そうでなければ、こんなにたくさん訴訟が起こるはずもないし、それから、この地域と定められたところ、その特措法の地域以外からも、患者さんとして認定されるべき方が裁判でも、大阪地裁…
この発言のページ
23山山本茂貴食品安全委員会委員長
お答えいたします。
PFASのリスク評価におきましては、委員御懸念の発がん性等を含め、各分野の専門家があらゆる観点から議論し、結論を得たものと考えております。
また、文献の選定プロセスにつきましても、食品安全委員会として、長年、汚染物質のリスク評価を行う中で積み上げられ確立された合理的なプロセスであると認識しております。
さらに、PFASに係るリスクコミュニケーションにつきましては、リスク評価のプロセスや結果について国民の皆様の理解を含め、透明性を高める観点から、評価書に関するQアンドA、パブリックコメントへの回答の要点などをホームページで情報発信…
この発言のページ