ありがとうございます。
現状ですと、個体数を正確に把握しないまま銃猟の機会を増やすことになります。今までに絶滅したニホンオオカミ、カワウソ、トキなど、様々な動物たちもそうであったように、気づいたときには絶滅間近ということも考えられます。このような事態にならないよう、是非個体数の管理に人員と予算を充てていただきたいと考えております。
そうした生態系の管理と両輪で行わなければならないのが森林の保全でございます。
かつて日本は林業が盛んでした。しかし、一九五〇年代から六〇年代以降、海外の安い木材が輸入されるようになり、国産木材の価格が大幅に下落。切ってももうからず、間伐や山の手入れの意識低下が生じ、山の管理をする人が減少し続けております。
昔は、暮らしと山は密接に関わっておりましたが、ライフスタイルの変化により、エネルギー、食料共にほかに頼れるため、時代の流れとともに山への価値が薄れ、山は放置されるようになりました。その結果、森林が健全に育たなくなり、災害や野生動物が人里で出没するなど問題が発生し、現代の日本人がそのしっぺ返しを受けているような状況になっております。
我々参政党は、森を管理する森林官の設置の必要性を訴えます。これは、環境保全、林業、生態系の管理を総合的に行う専門家を公務員として育成し、雇用しようとするものです。日本の林業は自由に任せていていい状態ではもうありません。人間の活動の基盤である重要な分野ですので、積極的な政府の支援を求めます。そして、これにより、一次産業を守ることにもなりますので、是非御検討をいただければと思います。
今後、更に山の開発が進むにつれ、熊がますます居場所を失い、人里に下りてくる可能性が今後も否定できません。そうであれば、すみかを失われてしまった熊たちが人の生活圏内に出るたびに、私たちの都合で捕殺されてしまいます。熊の生態について分からないことが多く、何が熊に悪影響を与えているのか、時間がたっても分からないこともあると思います。もし、熊の個体数に大きな変化が生じた場合には、柔軟に見直しの機会を設けていただくことを併せてお願い申し上げます。
最後の質問になるのですが、鳥獣保護法改正の危険鳥獣の名称についてお尋ねいたします。
この危険という名称が熊やイノシシへのレッテル貼りとなり、人の生活圏に出没した個体ではなく、彼らが総じて危険な動物であるかのような印象を植え付けてしまわないか、考える必要があります。なぜなら、多くの国民がこの法律のたてつけを意識するとは到底思わないからです。
本改正案では、人の生活圏に出没した個体のみが危険鳥獣で、それ以外は危険鳥獣でないということですが、これは、条文を読み進めてようやく多くの国民の方に理解を示すものとなります。
熊が人の生活圏に出没し、危険鳥獣として猟友会のハンターが射殺したというようなテレビ報道がされることにより、国民に与える影響は大きいのではないかと考えます。こうした報道により、熊は危険であるからもっと捕殺してしまえばよいというような世論がつくられてしまわないかということを私は懸念しております。
また、動物愛護法二条一項の基本原則は、動物は命あるものであることに鑑み、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめてはならないようにするのみではなく、人と動物との共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適切に取り扱うようにしなければならないと定めています。動物愛護法の対象は人が所有する又は占有する動物ではありますが、野生動物は対象外となりますが、第二条の一項にあります動物に熊やイノシシは含まれます。危険鳥獣の用語は、動物が命あるものへの慈しみ、人と動物の共生への配慮に欠け、少なくとも動物愛護法の精神に反するものではないでしょうか。これらの理由から、危険鳥獣と名称を使うことに対して慎重になるべきではないかと考えます。
加えて、今回のような緊急銃猟の要件は外的条件で定まるものであり、あえてその対象である熊やイノシシに危険との名称をつけなくても制度創設自体は可能だと考えます。それでもなお、あえて危険の名称を使用した根拠を教えてください。
117植植田明浩環境省自然環境局長
お答えをいたします。
ヒグマにつきましては、九〇%信用区間で、下限値は約六千頭、上限値は約二万一千頭とされております。
ツキノワグマについては、各県により推計の手法が異なるため一律にその信用区間を示すことは困難でありますが、各県の推計の下限値を足し合わせると約二万二千頭、上限値を足し合わせると五万五千頭になります。
この発言のページ
118
北野裕子(参政)
ありがとうございます。
想像以上に幅があるということで、正確な生体数の把握に苦慮されていることが改めて分かりました。
これまで都道府県に調査を委託してきましたけれども、当たり前ですが、熊が都道府県をまたがないということはあり得ません。熊の生体数把握は国が責任を持って行わなければ、生物多様性戦略や鳥獣保護法に基づく個体群の管理は成り立たないと思います。
我が国は、真剣に予算と人員をつけて、熊の生態調査や生体数把握を行うべきと思いますが、大臣はどのようにお考えでしょうか。
この発言のページ
119
浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
熊は地域ごとに生息数や生息状況が異なり、地域に応じた精度の高い情報を収集することが重要であります。このため、熊の生息数の推計値の把握に当たっては、地域の実情に詳しい自治体に協力をいただくことが有効であると考えております。
環境省では、個体数を把握するための調査手法をガイドラインにまとめてお示しするとともに、自治体が実施する調査について、令和六年八月から交付金の支援対象に加えたところであり、技術面、財政面で自治体を支援し、全国の熊の生息数を把握してまいります。
また、こうした取組に加え、今後、詳細な熊の生息に関する情報の蓄積が進むことが見込まれるため、…
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- (上の発言)
120
北野裕子(参政)
ありがとうございます。
現状ですと、個体数を正確に把握しないまま銃猟の機会を増やすことになります。今までに絶滅したニホンオオカミ、カワウソ、トキなど、様々な動物たちもそうであったように、気づいたときには絶滅間近ということも考えられます。このような事態にならないよう、是非個体数の管理に人員と予算を充てていただきたいと考えております。
そうした生態系の管理と両輪で行わなければならないのが森林の保全でございます。
かつて日本は林業が盛んでした。しかし、一九五〇年代から六〇年代以降、海外の安い木材が輸入されるようになり、国産木材の価格が大幅に下落。切ってももうからず、間伐や山の手入れの意識低下が生じ、山の管理をする人が減少し続けております。
昔は、暮らしと山は密接に関わっておりましたが、ライフスタイルの変化により、エネルギー、食料共にほかに頼れるため、時代の流れとともに山への価値が薄れ、山は放置されるようになりました。その結果、森林が健全に育たなくなり、災害や野生動物が人里で出没するなど問題が発生し、現代の日本人がそのしっぺ返しを受けているような状況になっております。
我々参政党は、森を管理する森林官の設置の必要性を訴えます。これは、環境保全、林業、生態系の管理を総合的に行う専門家を公務員として育成し、雇用しようとするものです。日本の林業は自由に任せていていい状態ではもうありません。人間の活動の基盤である重要な分野ですので、積極的な政府の支援を求めます。そして、これにより、一次産業を守ることにもなりますので、是非御検討をいただければと思います。
今後、更に山の開発が進むにつれ、熊がますます居場所を失い、人里に下りてくる可能性が今後も否定できません。そうであれば、すみかを失われてしまった熊たちが人の生活圏内に出るたびに、私たちの都合で捕殺されてしまいます。熊の生態について分からないことが多く、何が熊に悪影響を与えているのか、時間がたっても分からないこともあると思います。もし、熊の個体数に大きな変化が生じた場合には、柔軟に見直しの機会を設けていただくことを併せてお願い申し上げます。
最後の質問になるのですが、鳥獣保護法改正の危険鳥獣の名称についてお尋ねいたします。
この危険という名称が熊やイノシシへのレッテル貼りとなり、人の生活圏に出没した個体ではなく、彼らが総じて危険な動物であるかのような印象を植え付けてしまわないか、考える必要があります。なぜなら、多くの国民がこの法律のたてつけを意識するとは到底思わないからです。
本改正案では、人の生活圏に出没した個体のみが危険鳥獣で、それ以外は危険鳥獣でないということですが、これは、条文を読み進めてようやく多くの国民の方に理解を示すものとなります。
熊が人の生活圏に出没し、危険鳥獣として猟友会のハンターが射殺したというようなテレビ報道がされることにより、国民に与える影響は大きいのではないかと考えます。こうした報道により、熊は危険であるからもっと捕殺してしまえばよいというような世論がつくられてしまわないかということを私は懸念しております。
また、動物愛護法二条一項の基本原則は、動物は命あるものであることに鑑み、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめてはならないようにするのみではなく、人と動物との共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適切に取り扱うようにしなければならないと定めています。動物愛護法の対象は人が所有する又は占有する動物ではありますが、野生動物は対象外となりますが、第二条の一項にあります動物に熊やイノシシは含まれます。危険鳥獣の用語は、動物が命あるものへの慈しみ、人と動物の共生への配慮に欠け、少なくとも動物愛護法の精神に反するものではないでしょうか。これらの理由から、危険鳥獣と名称を使うことに対して慎重になるべきではないかと考えます。
加えて、今回のような緊急銃猟の要件は外的条件で定まるものであり、あえてその対象である熊やイノシシに危険との名称をつけなくても制度創設自体は可能だと考えます。それでもなお、あえて危険の名称を使用した根拠を教えてください。
121
浅尾慶一郎(自民)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)
お答えいたします。
人の日常生活圏に出没する熊は、人にとって危険な存在となり得ます。
本法案における危険鳥獣とは、人の日常生活圏に出現した危険な状況に限って銃猟を行うことができる危険銃猟の対象鳥獣を制限するために定義するものであります。法令で必要な措置に合わせて定義づけたものであり、レッテルを貼るようなものではございません。
また、動物愛護管理法の目的は、動物の命を尊重する動物の愛護と、人の生命身体等に対する侵害を防ぐ動物の管理の両方であり、人への危害を防ぐ観点から、今回の定義づけは動物愛護管理法の考え方に反するものでないと認識をしております。
…
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122
北野裕子(参政)
ありがとうございます。
現断面では、政府は、野生動物に対し、共生するものではなく、あくまでもすみ分けすべき存在だと明確にしております。それは、私たちに恵みを与えてくれる存在に対して、私は余りにも失礼ではないでしょうかと考えてしまうんですね。
私たちの祖先は、野生動物に対し、感謝と敬意を持っていました。仏教の教えでは、あらゆる生物は輪廻の対象と捉えているからでございます。しかし、西洋的な価値観では、神聖なものとは見られず、人間より地位の低いものであると考えられていたようです。だから、私は、このすみ分けという表現に非常に違和感も覚えますし、危険鳥獣という…
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123
近藤昭一(立憲)
次に、竹上裕子さん。
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