御質問いただきましたフィリピン残留日系人でございますけれども、第二次世界大戦前にフィリピンに職を求めて移住された日本人の労働者の方々が、第二次世界大戦とその後の混乱の中で、戦死や米軍によって本邦へ強制送還された結果、フィリピン人の配偶者の方とそのお子様の多くはフィリピンに取り残された、こういう状況でございます。
そのうち、お子様につきまして、いわゆるフィリピン残留日系人、こういうふうに言われているところでございます。特に、一九八〇年代以降、日・フィリピン関係の改善とともに徐々に反日感情が和らいだ、こういうことを受けまして、残留日系人が一体となって国籍確認を求める動きが出てきておるところでございます。
日本政府といたしましても、一九九五年以降、日系人会の協力を得て、実態調査等を通じた身元確認や国籍取得を進めてきたものでございます。現時点におきまして政府が把握してございます御存命のフィリピン残留日系人の総数は百三十四名でございまして、平均年齢は約八十三歳、このように承知してございます。
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伊藤俊輔(立憲)
ありがとうございます。終わります。よろしくお願いします。
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遠藤敬(維新)
伊藤俊輔君の質疑は終了いたしました。
次に、屋良朝博君。
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51屋屋良朝博(立憲)
立憲民主党の屋良朝博でございます。よろしくお願いいたします。
先ほど沖縄戦の状況をお話しされておりましたけれども、やはりフィリピンも、悲惨な、凄惨な戦場となって、多くの犠牲者が出た国であります。
その中に、今も残されている無国籍となった残留日系人二世の方々がいらっしゃるということで、先般、石破首相は、参議院の予算委員会で、我が党の塩村あやか参議院議員の質問に対して、日本訪問を求める二世を日本に招き、親族捜しを支援する意向をお示ししましたというふうな報道もされております。その際、来られた日系二世の方々と首相自ら面談もしたいというふうな意向も表明されてお…
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- (上の発言)
52大大河内昭博外務省大臣官房審議官
御質問いただきましたフィリピン残留日系人でございますけれども、第二次世界大戦前にフィリピンに職を求めて移住された日本人の労働者の方々が、第二次世界大戦とその後の混乱の中で、戦死や米軍によって本邦へ強制送還された結果、フィリピン人の配偶者の方とそのお子様の多くはフィリピンに取り残された、こういう状況でございます。
そのうち、お子様につきまして、いわゆるフィリピン残留日系人、こういうふうに言われているところでございます。特に、一九八〇年代以降、日・フィリピン関係の改善とともに徐々に反日感情が和らいだ、こういうことを受けまして、残留日系人が一体となって国籍確認を求める動きが出てきておるところでございます。
日本政府といたしましても、一九九五年以降、日系人会の協力を得て、実態調査等を通じた身元確認や国籍取得を進めてきたものでございます。現時点におきまして政府が把握してございます御存命のフィリピン残留日系人の総数は百三十四名でございまして、平均年齢は約八十三歳、このように承知してございます。
53屋屋良朝博(立憲)
ありがとうございます。
前回の予算委員会で総理がこの問題に触れられた、その後の外務省の取組、進展があれば教えてください。
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54大大河内昭博外務省大臣官房審議官
お答え申し上げます。
今御指摘ございましたとおり、日本政府といたしましても、このフィリピン残留日系人の方々の高齢化が進む中におきまして、希望する方々の一日も早い国籍回復、そして一時帰国に向けた支援を進める必要がある、このように認識しているところでございます。
こういう観点から、日本政府としても、できる限りのことを行うということで、これまでも実態調査に関する予算の拡大、そして実態調査の内容を証明する証明書の発行といったような取組を進めてきているところでございまして、今御指摘いただきました一時帰国に関しましても、親族捜し等を通じて国籍回復に必要な情報を得…
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55屋屋良朝博(立憲)
是非、実現に向けて外務省で取り組んでいただきたいところでございます。
現地で彼ら日系二世の方々をサポートされている市民団体等々からもお話を聞いてございます。外務省は、現地の大使館が窓口になってかなり熱心に丁寧にサポートされているというふうなことがあって、それが功を奏して、最近、沖縄の関連の方が一時帰国を実現されて、さらに、奇跡的だと思いますけれども、国籍も回復されたというふうなケースも地元で大きく報じられておりました。
先ほど八十三歳という平均年齢、フィリピンは平均年齢は大体七十歳ぐらいだというふうに、ネットで検索したら、そういうふうに記載されており…
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