有田芳生です。
今から四十六年前の一九七八年六月に、東京の池袋で働いていた田口八重子さん、当時二十二歳が姿を消しました。後に、北朝鮮によって拉致されていたということが明らかになり、北朝鮮では李恩恵という名前で大韓航空爆破事件の実行犯である金賢姫の教育係をやったということが明らかになり、政府認定拉致被害者のお一人になっております。
田口さんが拉致をされたとき、お二人のお子さんがいらっしゃいましたけれども、そのうちの一人が飯塚耕一郎さん、当時一歳です。その飯塚耕一郎さんは現在、拉致問題を解決するための家族会の事務局長を務めていらっしゃいます。
林大臣にまずお伺いしたいんですけれども、この飯塚耕一郎家族会事務局長が十二月九日付で石破総理に向けて拉致問題解決のための嘆願書を出されておりますが、これは承知されておりますか。
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林芳正(自民)内閣官房長官
福原議員から大変奥深い御質問をいただきまして、ありがとうございます。
野呂田先生には実は私も大変お世話になりまして、構造改革特区というのを最初につくるときの特命委員長だったと思いますが、野呂田先生で、私は事務局長というのをやっておりまして、規制改革をこういう形で進めていく、そういうことをもう体当たりでやっておられる姿を目の当たりに拝見させていただいて、非常にありがたかった気持ちを今でも持っておるところでございます。
その野呂田先生の御薫陶を受けられたということで非常に奥深い御質問をいただきましたが、やはり国際秩序、我が国を取り巻く安全保障環境、これは…
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6福福原淳嗣(自民)
林大臣、丁寧にお答えをいただきまして、誠にありがとうございました。
改めまして申し上げたいと思います。
来年は、戦後八十年の節目でございます。そういう意味におきまして、拉致問題というものもまた違う意味で国民的な関心を私は呼び起こすものと思います。先ほど申し上げましたとおり、県あるいは市町村といった地方行政体の機運も高まりつつあります。是非、この好機を生かして、日本全体にこの問題に取り組む機運を林大臣が先頭となって引っ張っていただきたい。
その御期待を申し上げて、私の質問を終わります。
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牧義夫(立憲)
次に、有田芳生君。
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- (上の発言)
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有田芳生(立憲)
有田芳生です。
今から四十六年前の一九七八年六月に、東京の池袋で働いていた田口八重子さん、当時二十二歳が姿を消しました。後に、北朝鮮によって拉致されていたということが明らかになり、北朝鮮では李恩恵という名前で大韓航空爆破事件の実行犯である金賢姫の教育係をやったということが明らかになり、政府認定拉致被害者のお一人になっております。
田口さんが拉致をされたとき、お二人のお子さんがいらっしゃいましたけれども、そのうちの一人が飯塚耕一郎さん、当時一歳です。その飯塚耕一郎さんは現在、拉致問題を解決するための家族会の事務局長を務めていらっしゃいます。
林大臣にまずお伺いしたいんですけれども、この飯塚耕一郎家族会事務局長が十二月九日付で石破総理に向けて拉致問題解決のための嘆願書を出されておりますが、これは承知されておりますか。
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林芳正(自民)内閣官房長官
今事務局長をされておられます飯塚耕一郎さんが石破総理宛てに御指摘の嘆願書を出されたということは承知をしております。
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有田芳生(立憲)
どういう内容でしょうか。
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林芳正(自民)内閣官房長官
嘆願書には、例えば、「二〇二四年において、岸田前政権、石破政権及び拉致対策本部は本年中に救出のため何をしたのか全く見えてきません。救出のため行動を即時に起こしてください。」等々、いろいろなことが書かれております。
しっかりと我々も、家族会の皆様、また特定失踪者の会の皆様や支援する皆様とは度重なる面会の機会をいただいておりまして、長年にわたる苦しみや悲しみ、そうしたものを直接お伺いしているところでございます。
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