岩本麻奈 (参政党)

2026年5月28日・第221回国会 参議院 厚生労働委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 111 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 144 発言)

どうもありがとうございます。

今、健康、健康寿命、元気にというすばらしい御答弁をいただきました。ただ、私はそこにあえて幸せという言葉を加えたいと思います。医療とは、単に病気を見付けることや数値を改善することだけではなく、患者さんが安心してその人らしく尊厳を持って幸せに生きることを支える営みだと思っております。

全国の医療現場では、患者さんの生活の質や幸福感よりも、症状や数字とかでの管理が優先されやすいという場面がございます。私は、先日、仙台で認知症医療の現場を視察しました。そこでは、投薬を最小限にしながら、歌や演劇などで情動、すなわち感情を刺激する医療が行われておりました。認知症の方が、歌を聞いて涙を流す、演劇を見て笑う、家族の話をきっかけに表情が戻る、その姿を見て、私は改めて医療とは何のためにあるのかを考えました。総理に冒頭、医療の目的を伺ったのもそのためです。

かねてから、総理は攻めの予防医療を掲げておられます。私は生活習慣の改善や重症化予防は極めて重要だと思います。そして、検査や介入を増やすこと、これのみで、国民が健康で幸福になることとは必ずしも同じではないと思います。早期発見によって、もちろん救われる命がある一方で、偽陽性、過剰診断、過剰治療、そして不安の増大というような不利益もございます。

私が長年暮らしたフランスでは、日本ほど一律、網羅的に検査を重ねる文化というか習慣はなく、本人の状態や生活の質を踏まえて検査や介入を慎重に判断する傾向がありました。だからこそ、どれだけ検査を増やしたかではなく、本当に健康と幸福につながる予防とは何かを、科学的根拠と利益、不利益の両面から見直す必要があるのではないでしょうか。

そこで伺います。私は、不可避的に医療費が増大してしまう検査や介入の拡大だけではなく、食事、睡眠、運動、地域での健康づくり、いわゆる養生、そして必要に応じたセルフメディケーションなどを通じて、根源的に健康を維持するという意味での攻めの予防医療にも目を向けるべきだと考えますが、国民皆保険制度を持続可能にしながら、国民が安心して穏やかに幸せに年を重ねられる社会をどのように構築していくお考えか、総理の御所見を伺います。

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