小池晃 (日本共産党)

2026年6月1日・第221回国会 参議院 決算委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 228 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 261 発言)

私は、それは実態とはかなり違うんではないかと思うんですね。

幾つか紹介したいんですが、一九三九年、内務省警保局の特高月報では、最初に長生炭鉱に雇い入れた二百三十八名の朝鮮人労働者のうち、十七名の逃亡者があり警戒中、更に二名の逃走せんとするのを労務係員が発見して、事務所に連行、殴打したところ、その報告を聞いた労務者が一斉に事務所に乱入、混乱に乗じて更に二十四名が逃走したという記録がございます。

それから、朝鮮人労働者を寝起きさせていたと言われる合宿所、今も倉庫として残っております。私も行ってきましたが、窓のない異様な建築物です。当時は周囲を三・六メートルの塀で囲み、出口は一か所だけ、常時見張りがいたとされています。当時の見取図も宇部市の郷土資料館で保存されております。

それから三つ目、犠牲者の一人である金元達さんが、事故の数日前にお母さんに送った手紙もあります。こう書かれています。

お母さん、私は今、日本の山口県というところで炭鉱の仕事をしています。海の下に坑道が通っていて、海の上を通る漁船のとんとんという音が聞こえてくるほどのとても危険な場所です。垣根は三メートルほどの厚い松の板で囲っており、その外側をぎっしりと鉄条網が張り巡らされています。その囲いの中にある宿舎はまるで捕虜収容所のようなところです。警備も厳しく、一切の自由もなく、外出もできない拘束の中で生活をしています。

さらに、市制百年の記念事業で作成された宇部市史にはこうあります。長生炭鉱は特に坑道が浅く、危険な炭鉱として知られ、日本人鉱夫から恐れられていたため朝鮮人鉱夫が投入されることになった模様であり、その当時、朝鮮炭鉱と蔑称されたほどで、昭和十七年二月に発生した水没事故の犠牲となった鉱夫の位牌のうち約八〇%が朝鮮人名とみなされていることからも、同十六年以降も朝鮮人労働者が強制連行され続けていたと考えられる、こういう記録もあります。

大臣、やっぱりこれは実態としては強制を伴うものだったんじゃないか。私は強制労働というふうに言える内容であったんではないかと思いますが、少なくともやっぱりきちんと調査をすべきじゃありませんか。

前後のやりとり

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