ありがとうございます。
囚人のジレンマのもう一つの教訓というのは、もうゲームが終わりだと、後がないと思ったときにプレーヤー同士というのは相互に破壊するような選択肢を取ると。これを引いて、国際政治の中では、政策決定者が戦争というのは不可避であると考えることがいかに危険であるかということも教訓になるということを私申し添えたいというふうに思うんですが。
日中の外相会談がないということなんですが、呼びかけたらどうですか。受け身というのもありですけれども、いかがでしょうかというふうに言ってみるのもありだと思いますが、いかがでしょうか。
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小泉進次郎(自民)防衛大臣
全く同感です。私も、この透明性一点をもって成り立つというふうに答弁をしているつもりはなく、信頼とコミュニケーションは不可欠であると考えています。
現に、最近ですと、アメリカのヘグセス長官は同盟国相手ですから、六度会談をしているのはもうほぼ毎月以上のペースを超えていますし、オーストラリアのマールズ副首相兼国防大臣とは、先週、急遽の会談でありましたが、このように、もしかしたらこの国会状況が許せばこの週末にオーストラリアに行く可能性がある中でもなお会おうと、こういったことに見て分かるとおり、やはりリーダー同士のコミュニケーション、そして個人的な信頼関係という…
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田島麻衣子(立憲)
私が言っているコミュニケーションや信頼の醸成というのは、同志国、同盟国ではなくて、この安全保障ジレンマを抱えている相手国であるというように考えているので、オーストラリアの皆さんと会うのは非常に大事なことだと思いますが、それだけではないと申し添えたいというふうに思います。
委員の皆さんには資料四をお付けさせていただいていますが、これもずっと私が予算委員会等も続けてお示しをしているものです。先ほど申し上げた安全保障のジレンマを解くためには、透明性だけではない、コミュニケーションと信頼の醸成が大事だという問題意識から質問をいたします。
これ、資料四でアメリ…
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茂木敏充(自民)外務大臣
今、田島委員の方から様々なジレンマについてお話あったんですが、囚人のジレンマ、これ極めて有名な理論でありまして、これはお互いの間が、何というか、情報がオープンになっていない、またコミュニケーションが取れない、さらには、信頼関係がないためにお互いの囚人が更に強い、言ってみますと罰を受けると、こういう事象を指しているんだと思っておりまして、御案内のとおり、日中間におきましては、戦略的相互関係、これを包括的に推進して、建設的かつ安定的な関係を構築していく必要があると、こんなふうに考えております。
隣国でありますから、当然課題であったりとか問題点も存在するわけ…
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- (上の発言)
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田島麻衣子(立憲)
ありがとうございます。
囚人のジレンマのもう一つの教訓というのは、もうゲームが終わりだと、後がないと思ったときにプレーヤー同士というのは相互に破壊するような選択肢を取ると。これを引いて、国際政治の中では、政策決定者が戦争というのは不可避であると考えることがいかに危険であるかということも教訓になるということを私申し添えたいというふうに思うんですが。
日中の外相会談がないということなんですが、呼びかけたらどうですか。受け身というのもありですけれども、いかがでしょうかというふうに言ってみるのもありだと思いますが、いかがでしょうか。
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茂木敏充(自民)外務大臣
囚人のジレンマにつきまして、長くなってしまうので述べなかったんですが、きちんと補足をしていただいたこと、大変感謝をしたいと思っております。
様々な外交レベルのやり取りにつきましては、お互いにシグナルを送ったりとか様々な形でそういう環境をつくっていくということは重要でありまして、一方的にどうするというよりも、お互いがこういう外相会談を行うと、こういう状況をつくれるように努力をするということが大切なんではないかなと思っております。
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田島麻衣子(立憲)
ありがとうございます。
先日、沖縄基地の移転に関わっている元議員の皆さんとも話をしたんですが、本当に皆さん心配されています。日中関係が本当に大事だということも言っていただきましたので、大臣、本当に腕懸かっていますので、大臣の腕にね、外交能力の。私も本当にすばらしいと思うんですけれども、よろしくどうぞお願いします。
そして、抑止力と対処力ということをずっと政府は、皆さんは答弁されるんですが、私は先ほど、それだけではないはずだというふうに言いました。抑止と同時に融和政策というのも組み込んだバランスの取れた国際政治の戦略というのを立案しなければならないとい…
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茂木敏充(自民)外務大臣
抑止と対処力と、委員、先ほど、人類史上において戦争が行われなかったのは二百四十年と、こういう御指摘をいただいたところでありますけれど、実際……(発言する者あり)あっ、ごめんなさい、二百四十年と聞こえてしまいました、二百余年でしたら、それで。失礼いたしました。
結構、今まで見ていますと、やっぱり国力が違ったりとか、そういう対処力が違った国の方が戦闘に至る可能性というのは極めて高いと。さらには、ツキジデスのわなにもありますように、グレアム・T・アリソンでありますけれど、新興国が出てきて既存の大国に対してチャレンジする場合に大きな戦争に至る可能性が極めて高い…
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