参政党の渡辺藍理です。
本日も、質疑のお時間をいただき、ありがとうございます。
本日の質疑を考えるに当たって、初等中等教育に関する問題をいろいろ見ていたところ、過剰であることが共通点であるものが多く見受けられました。例えば、学校への過剰な要求、教員の過剰な勤務時間、また、学習内容や授業時間の量、質、この過剰で負担がかかることを表すカリキュラムオーバーロード、これらが挙げられます。実際、国会公報を見ると、全国各地の地方議会から、カリキュラムオーバーロードに関する意見書が複数寄せられていることが分かります。また、私の住んでいる愛知県、この中でも調べたところ、一例として、西尾市の教育委員会会議録にもカリキュラムオーバーロードについての指摘が記録されておりました。
このカリキュラムオーバーロード、これを本質的に改善するためには、学習指導要領から指導内容を減らす必要があると考えます。しかしながら、現高等教育局長の合田哲雄氏の著書「学習指導要領の読み方・活かし方」において、指導内容を増やすことに比べ、減らすことは、どのような考え方に基づいて減らすのかの思想が問われる難しい作業である、こう記されております。
現在、約十年ぶりの次期学習指導要領の改訂が進められていることも踏まえ、今回は、学習指導要領の指導内容削減の考え方やその思想についての質問を行いたいと思います。
早速ですが、昨年の九月二十五日に、教育課程企画特別部会における論点整理が示されました。ここには、教育の質向上のための余白の創出という印象的なフレーズが登場します。
指導内容の削減と聞いて多くの国民が真っ先に思い浮かべるのは、ゆとり教育という言葉に象徴された一九九八年の改訂であると思います。その後、二回の改訂を挟み、指導内容削減の議論が、余白という言葉を象徴として、再び俎上にのりました。私は、この二つの言葉は対比して捉えるべきだと考えています。
また、一九九八年の改訂時、これはちょうどインターネットの普及とタイミングが重なっており、考える力の低下や集中力、記憶力の減退等、知識を暗記すること、この価値が問い直されたことも重要だと考えます。それがやや極端であったことから、その後の二回の改訂では揺り戻しも起きています。
一方で、現在は生成AIの普及とタイミングが重なっており、再び、知識を暗記することの問い直し、もっと言ってしまえば、AI時代に人間は何を学ぶべきなのかという価値の問い直しがされているとも言えるのではないでしょうか。
ここで、政府参考人にお伺いいたします。次期学習指導要領における余白とは、どのような考えに基づいているのでしょうか。そして、ゆとり教育の思想と比較して、どのような点で異なっているのでしょうか。インターネットの普及や生成AIの発展といった環境変化の要素も踏まえ、お答えいただきたいと思います。
61
松本洋平(自民)文部科学大臣
先ほど局長からも答弁をさせていただきましたけれども、この広域通信制に関する、教育の質をいかに確保していくのかということに関しましては、今、様々な課題というものも指摘をされているというふうに承知をしているところであります。
大変、そういう意味では、所轄庁また所在する都道府県だけに任せるのではなくて、我々としてもしっかりとそこに寄り添いながら、そうした広域通信制の教育を行っている各機関のその実情というものの把握に我々としても努めてまいりたいと思いますし、また、そうしたところがしっかりとした教育を行っているのかどうかということも我々としてそれをしっかり確認を…
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62河河井昭成(国民)
答弁ありがとうございました。
よりよい教育に向かって取組を進めたいと思います。
終わります。
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63
斎藤洋明(自民)
次に、渡辺藍理君。
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- (上の発言)
64渡渡辺藍理(参政)
参政党の渡辺藍理です。
本日も、質疑のお時間をいただき、ありがとうございます。
本日の質疑を考えるに当たって、初等中等教育に関する問題をいろいろ見ていたところ、過剰であることが共通点であるものが多く見受けられました。例えば、学校への過剰な要求、教員の過剰な勤務時間、また、学習内容や授業時間の量、質、この過剰で負担がかかることを表すカリキュラムオーバーロード、これらが挙げられます。実際、国会公報を見ると、全国各地の地方議会から、カリキュラムオーバーロードに関する意見書が複数寄せられていることが分かります。また、私の住んでいる愛知県、この中でも調べたところ、一例として、西尾市の教育委員会会議録にもカリキュラムオーバーロードについての指摘が記録されておりました。
このカリキュラムオーバーロード、これを本質的に改善するためには、学習指導要領から指導内容を減らす必要があると考えます。しかしながら、現高等教育局長の合田哲雄氏の著書「学習指導要領の読み方・活かし方」において、指導内容を増やすことに比べ、減らすことは、どのような考え方に基づいて減らすのかの思想が問われる難しい作業である、こう記されております。
現在、約十年ぶりの次期学習指導要領の改訂が進められていることも踏まえ、今回は、学習指導要領の指導内容削減の考え方やその思想についての質問を行いたいと思います。
早速ですが、昨年の九月二十五日に、教育課程企画特別部会における論点整理が示されました。ここには、教育の質向上のための余白の創出という印象的なフレーズが登場します。
指導内容の削減と聞いて多くの国民が真っ先に思い浮かべるのは、ゆとり教育という言葉に象徴された一九九八年の改訂であると思います。その後、二回の改訂を挟み、指導内容削減の議論が、余白という言葉を象徴として、再び俎上にのりました。私は、この二つの言葉は対比して捉えるべきだと考えています。
また、一九九八年の改訂時、これはちょうどインターネットの普及とタイミングが重なっており、考える力の低下や集中力、記憶力の減退等、知識を暗記すること、この価値が問い直されたことも重要だと考えます。それがやや極端であったことから、その後の二回の改訂では揺り戻しも起きています。
一方で、現在は生成AIの普及とタイミングが重なっており、再び、知識を暗記することの問い直し、もっと言ってしまえば、AI時代に人間は何を学ぶべきなのかという価値の問い直しがされているとも言えるのではないでしょうか。
ここで、政府参考人にお伺いいたします。次期学習指導要領における余白とは、どのような考えに基づいているのでしょうか。そして、ゆとり教育の思想と比較して、どのような点で異なっているのでしょうか。インターネットの普及や生成AIの発展といった環境変化の要素も踏まえ、お答えいただきたいと思います。
65望望月禎文部科学省初等中等教育局長
基礎的、基本的な内容を確実に身につけること、生きる力を育むために各学校が創意工夫をしていくこと、こうしたことは、次期学習指導要領の検討におきましても、御指摘の平成十年の学習指導要領改訂と趣旨が一部重なるところがございます。
一方で、社会の状況や子供たちの実態は、平成十年の状況とは大きく異なっているところでございます。今回の学習指導要領も、そうした社会の大きな変化も捉えまして、平成十年と全く同じような考えに基づくものではなく、異なる考えで進めてございます。
例えば、学習内容の検討に関しましては、情報を極めて高度に処理するAI等が広く普及する中で、各教科…
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66渡渡辺藍理(参政)
ありがとうございます。
一方で、減らすこと、すなわちやらないことを決めるアプローチにも意味があります。例えば、民間企業の経営においては、やりたいことではなく、やらないことをまず決めることで、会社の中核となる強みであるコアコンピタンスを見出すこと、これが推奨されています。指導内容の削減を行うに当たっても、公教育が絶対に失ってはならない要素、いわば公教育のコアが何であるかを明確にし、広く同意を得ることが必要であると考えます。一九九八年の改訂に批判が生じた一因として、公教育のコアに対する認識の醸成が不十分であったことも考えられますが、余白を生むために優先順位…
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松本洋平(自民)文部科学大臣
これからの時代を生きる子供たちでありますけれども、予測困難な社会変化でありますとか、労働市場の流動化などに伴うマルチステージの時代を生きることとなります。また、デジタル化の負の側面による社会の分断、こうした可能性も指摘されている中にありまして、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会で自立的に生きる基礎を培い、国家及び社会の形成者として必要な基本的な資質を養うという教育基本法に定める義務教育の目的は変わりません。この基本を踏まえつつ、時代の変化に応じて必要な資質、能力を育成、実現する必要があると考えております。
次期学習指導要領では、生涯にわたって主体的に学…
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