訴訟と異なって、非訟事件と言われているこの家事の関係につきましては、立証責任というものはないというふうに御答弁申し上げているところでございます。
松井信憲法務省民事局長
2025年11月27日・第219回国会 参議院 法務委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 122 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 154 発言)
前後のやりとり
私はこの斉藤参考人がおっしゃっている斉藤参考人の事案についての見解を伺っているのではなく、今もお話があったんですけど、DVがあろうがなかろうが、子供の面会、養育の問題とは別問題だというこの見地は法の趣旨に反するのではないか。何しろ、DVを必要的単独親権の事由にしているのは、それが子の利益を害するからですよね。その趣旨は、今日、局長、きちんと答弁いただいているわけです。
となれば、このDVがあったとしても、面会、養育の問題は別ですよと、そう考えなきゃいけませんよという説得はしちゃならない。というか、法の立場と違うんじゃないですか。
お答え申し上げます。
一般論として申し上げれば、親子交流の実施に当たっては、子や監護親の安全、安心の確保が必要不可欠でありまして、夫婦間の暴力やDVの有無というものはその際の重要な考慮要素になるものと考えております。
ちょっと聞き方変えますけれども、このDVや虐待という必要的単独親権の事由があるかないかについて、あると訴えている当事者に立証責任はない、当事者に立証責任を負わせるものではないということはこれまでこの委員会でしっかり答弁をいただいていることなんですね。局長、そうですよね。
- (上の発言)
訴訟と異なって、非訟事件と言われているこの家事の関係につきましては、立証責任というものはないというふうに御答弁申し上げているところでございます。
中でも、DV被害者が、例えば写真だとかあるいは録音だとか、そうした物的証拠というか客観的証拠というか、こういうものがなければ言い分を認めないよとされてしまったら、沈黙を強いられる、加害者の支配に縛り付けられ続けるしかないという絶望になるでしょう。 裁判所関係者があるいは弁護士が暴力やDVがあったとしてもという発言をするのは、あろうがなかろうがという意味で、つまり当事者の訴えを否定してしまうということだと思います。本当に思いを決して調停の場でその話をしたら、あろうがなかろうがと言われたら、沈黙を強いられるということになるじゃないですか。 仮にそうした説…
一般論として申し上げますと、御指摘のような事情によって、DV等の事情があるにもかかわらず、父母の一方が不適切な形で合意を強制される、強要されることがあってはならないと考えているところです。
時間が迫っていますので、大臣に今議論していることについて一問ちょっとお尋ねをしたいと思うんですよ。 これまでの法務委員会の法案やこの委員会での議論で、法務省民事局は、DVの本質が支配であるということをお認めになっています。改めて、大臣がその点をどう捉えておられるかということと、今申し上げているような、DVの主張を認めず否定してしまう、事実上否定してしまうというようなことになってしまったら、それは裁判の手続なりあるいはこの離婚後共同親権の取組が支配の継続に加担するということになってしまうのではないか。離婚がやっと成立したのに、その後、共同親権だということ…