吉良よし子 (日本共産党)

2025年11月20日・第219回国会 参議院 文教科学委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 231 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 249 発言)

事業者の側の意向しか聞いていないと言われても仕方のない認可の在り方だと思うんです。これはね、やはり不公正ですよ、適正とは言えませんよ。民主主義のプロセスにのっとったとは絶対に言えないような一方的な財産処分の認可であり、認められないんだと。

この件に関しては、国連などから、住民との合意のプロセスが不十分だという指摘が再三出されているわけです。それ日本政府にも出されているわけです。にもかかわらず、そうした国連の声にも向き合わず、事業者側の意向に偏った財産処分の認可というのは不当であり、撤回し見直すべきであるということを繰り返し申し上げておきたいと思います。

続いて、SPRING、博士課程の学生支援からの留学生排除に関して私も質問したいと思います。

これ午前中にも指摘があったわけですけど、文科省は今年七月三十日に、審議会において今後の科学技術人材政策の方向性(中間まとめ)を取りまとめ、今後の博士後期課程学生への支援事業の在り方と、とりわけSPRING、次世代研究者挑戦的研究プログラムの方向性の基本的な考え方というのを決定したわけです。その中で、留学生には、研究奨励費、生活費相当額の支援を行わないということを決定したとされているわけです。

その理由については、午前中も議論がありましたけど、文科省の側は、本事業の趣旨を踏まえと、そもそも留学生の受入れを目的としたものではないからと言っているわけですが、そんなはずはないんですね。というのも、そもそもSPRINGの公募要領には、より多様な国、地域、特にASEAN諸国からの受入れを進めるよう、そういう記述があるわけです。留学生も支援の対象にしていたわけですし、受入れ進めようという姿勢があったのは間違いないんです。

また、午前中の審議では、留学生に関して別の支援の枠組みで補完していくという話もありましたけど、私、今問題にしたいのは、今ある、今までだったら留学生も対象にしていたはずのこのSPRINGの支援から留学生を除外するという、今その行為を問題にしているわけです。

その点で注目しておきたいのが、日本人学生という言葉なんです。資料の二の一見ていただきたいと思うんですけど、今回の新たな基本的考え方においての説明資料で、ここでは、日本人学生、留学生、社会人学生に分けて、それぞれの支援の在り方というのを整理しましたという資料になっているわけです。

しかし、資料二の二の方、SPRINGの支援制度をつくった当時の文科省の資料見てみると、日本人学生という言葉はない、あるのは修士課程からの進学者という言葉なんですね。

確認したいと思います。

SPRINGのこの制度に関わって、修士課程からの進学者ではなく日本人学生という言葉を使い始めたのは一体いつからですか。

前後のやりとり

227の発言を見る

235の発言を見る