野間健 (立憲民主党)

2025年11月25日・第219回国会 衆議院 環境委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 44 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 176 発言)

立憲民主党の野間健です。今日はCOPでお疲れのところ、よろしくお願いいたします。

私は、一九七一年に環境庁が創設された原点ともいうべき水俣病の問題について質問させていただきます。

熊本で水俣病が公式確認されてから、来年で七十年になります。新潟は今年で六十年たちました。残念ながら、いまだにまだ水俣病被害者、患者として救済をされない方が全国で千七百人以上、訴訟しています。まだ手が挙げられないで未救済の方、恐らく数万人単位で全国にいらっしゃると思います。

政府ももちろん、昭和四十八年、一九七三年に公健法を作り、またその後、村山内閣で平成七年に三党合意での救済もありました。その後、平成二十一年にいわゆる特措法ができて、これであたう限りの救済をやるんだということでありましたけれども、いまだに認定等様々な条件から漏れて、救済を求めて闘っている方がいらっしゃいます。

これも、なかなか行政、環境省さんに言っていても前に進まないということで、もちろんマイク切り事件とか、環境省はどうも水俣病というのはもう終わったものだと思っているんじゃないかという、非常に私どもも憤りを感じましたし、患者、被害者の皆さんもそう思っています。

それで、遅ればせではありましたけれども、この六月に、私たちは水俣病被害者とともに歩む議員連絡会というものをつくっておりまして、西村智奈美さんが会長ですけれども、私も事務局長をさせてもらっていますけれども、これは自民党の方も含めて超党派の議連で、衆議院、参議院七十名を超える議員の皆さんが加入をしていただいています。そこで救済の法案を作って、六月に、通常国会の最後に提出をさせていただきました。六会派の皆さんの賛同をいただいて出したわけですけれども、これはそんな難しい問題じゃないんです。三点、今までの特措法等で救済されなかった条件があるんですね。

一つが対象地域ということで、ここに住んでいた方は水俣、八代湾の周辺部で水銀に汚染された魚を恐らく多く食べたであろうということで、ある特定の地域を対象にしてこの法律ができています。ところが、魚は町境を、海ですから自由に泳ぐんですよ。一つ、例えば鹿児島県の長島町という一つの島があります。これは東西で二つに、東町というのと長島町に分かれているんですが、東町の人だけはみんな恐らくいっぱい食べたということで無条件に認められるんですが、お隣で同じような食生活をして同じような魚を食べたこの町の人たちは認めない、こういう非合理なことが起きています。それで自分たちは幾ら申請しても認定されないということがあります。

そしてもう一つは年代ですね。どこどこに何年から住んでいましたが、これも、アローアンスといいますか、きっかりその年まで、その後から住んでも、実際まだその魚を食べていたりしていることは、例はいっぱいあります。

そしてまた、沿岸に住んでいる人だけじゃないんですね、これは。そこから例えば二十キロ離れた鹿児島県の伊佐市というところの中山間地です。そこでも魚を食べていたんですね。行商の人たちが来る、あるいは自分たちもそこに行って魚を買ってきて、山の中でやはり食べていたと。ところが、対象地域外ですから、その人たちは認められないんです。

ある人は奇跡的に認められました。それは、四十年も五十年も前に水俣に行って、そこでガソリンを給油していたその領収書が出てきたんですね。だから、私は行っていました、魚を買っていましたということが証明されたということで、認められた例もあります。

そのように、対象地域といっても、そこの沿岸部だけではなくて、周辺地の方もみんな食べていたんですね。ですから、対象地域の問題、年代の問題。

そしてもう一つが、いわゆる申請の締切りがありました。特措法ですと、二年三か月で、申請しない人は認めないということだったんですが、現実に、私はいろいろな方から話を聞きますけれども、全然知らなかったと。熊本から大阪に学齢期を過ぎて出て仕事をしていた人、新潟から東京に出て仕事をしていた人、そういう人たちは、体調が悪いなと思っていろいろ都内の病院に行っても、それは水俣病という診断をしてくれる医者は誰もいないんです。大阪に行ってもいないんです。ですから、何の病気かも分からない。そういうことの申請があったということすら知らなかった。二年半、何年かたって後から聞いた。

これは本当に悲劇的なことですけれども、お兄さんは熊本に住んでいて申請していた、でも弟には知らせてくれなかった。なぜならば、自分が水俣病ということを言ってしまうと、いろいろな差別や偏見を受けるんですね。だから、ある意味隠れて自分だけ申請していた。弟に申し訳なかった、こういう話もあります。

そういうようなことで、私たちの新法では、新しい救済法案では、やはり対象地域を更に拡大した。これは現実に特措法で対象地域外で認定された方が先ほどのようにいますので、その地域はもう大体どこというのは分かっているんですね、だからそれは認めるべきだ。年代ももう少し広げるべきだ。そして、締切りは無制限にする、設けない。こういう法案を出させていただいて、資料一として委員の皆さんにもお配りしていますので、私たちとしては、是非環境委員会でも審議をいただきたいと思っているところであります。

さて、そういう中で、国の責任が一体あるやなしや。やはり、被害者の皆さんもチッソが一義的に責任があるということはもうよく分かっています。しかし、国としても何らか責任があるんじゃないか。これは、最高裁でも、二〇〇一年、平成十三年の関西訴訟の中でも国の責任というものがはっきりと認められていますけれども、大臣、水俣病の発生や拡大、救済における国の責任についてお答えいただきたいと思います。

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