学びという行為は、もう釈迦に説法かもしれませんが、知るということと分かるということの組合せ、知ることをもって分かったと思ったら大違いで、しかし、この知るということ、これは一番いいのはやはり出会うことです。私は、やっぱり障害を持った人に接することの機会を多く持つことが最高の学びであり、教育だと思っています。
以上です。
2025年2月19日・第217回国会 参議院 国民生活・経済及び地方に関する調査会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 89 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 104 発言)
学びという行為は、もう釈迦に説法かもしれませんが、知るということと分かるということの組合せ、知ることをもって分かったと思ったら大違いで、しかし、この知るということ、これは一番いいのはやはり出会うことです。私は、やっぱり障害を持った人に接することの機会を多く持つことが最高の学びであり、教育だと思っています。
以上です。
ありがとうございます。 まさにバーンアウト、この分野ではよく起こる話でありまして、そこを起こさない制度をつくる、体制をつくるということがやはり今後求められてくるんだろうと思います。 我々はそこも最初の設立の段階から想定をしていまして、先ほど申し上げた人材育成の仕組み、百十五ページに、私の資料にも書いておりますが、実は支援介入困難度といいまして、本人の状態だけじゃなく家庭の環境の状況、これを含めて導入レベルから熟練レベルに至るまで段階を分けて、実は最初の段階、大学生たちは、ちょっとした不安、混乱で不登校に陥っている、そういった子供たちからスタートをして…
星君、挙手をお願いします。
申し訳ありません。
時間がなくなりつつありますが、藤井参考人に一言お願いをしたいと思います。
我々の周辺にはやっぱり様々な障害を持った方がたくさんいらっしゃって、その障害の特性を理解することで手が出せる、まあ怖くて手が出せないという場合ももちろんあるわけでありまして、そういう基本的な教育というんですかね、皆さんの共通理解を深めていくための身近な教育方法、あるいは我々が身近にできることで何か御示唆があれば教えていただきたいと思いますが。
学びという行為は、もう釈迦に説法かもしれませんが、知るということと分かるということの組合せ、知ることをもって分かったと思ったら大違いで、しかし、この知るということ、これは一番いいのはやはり出会うことです。私は、やっぱり障害を持った人に接することの機会を多く持つことが最高の学びであり、教育だと思っています。
以上です。
終わります。
古賀千景君。
今日はありがとうございました。 まず初めに、教員、私は教員出身ですので、教員は評価をするから何か子供が心を開かないみたいに言われるのは、私は長年やってきてとても傷つき、傷つくというか、とても悲しく思いました。そうではありません。教員、一生懸命子供が心を開いてくれるように精いっぱい接しているんです。そして、少しでも子供のことを分かっていきたいと、そのように思って日々尽力していることは是非御理解いただきたいなと思っております。 藤井参考人にお願いをします。 私は教員でして、四年生の頃に国語の教材で、ルイ・ブライユ、点字を作られた方ですね、の話があったと…