まず、私が初当選したときはちょうど派閥の移行期で、いわゆる清和会というのが解散をした状況でありました。その後、私は十一月の頭、初当選ですけれども、十二月に清和政策研究会というのが発足をして、私はそこに加入をさせていただきました。その後、恐らくパーティーがその次の春開かれていると思いますが、ノルマは恐らくあっただろうと思っております。ただ、新人議員ですから、ある程度配慮された低いラインのノルマだったんではないかというふうに記憶しています。
世耕弘成 (自由民主党)
2025年4月21日・第217回国会 参議院 予算委員会 第16号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 296 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 335 発言)
前後のやりとり
今日の予算質疑も含めて、政倫審まだ続きますけれども、残念ながら、今の現状だと、国民の皆さんから託された私たちの役割を果たすことはとてもできないというような現状だというふうに思っています。これは危機感があります。
ですので、是非、新たなるこの参考人質疑も含めてしっかりと国会で質疑をしてまいりたいというふうに思いますし、世耕参考人におかれましてもこの先頭に立って真相究明に更に当たっていただきたいということ、このことを申し上げまして、質疑を終わります。
御苦労さまでございました。
引き続き、質疑を続けたいと思います。
国民民主党の舟山康江でございます。今日はよろしくお願いいたします。
私、持ち時間が十分と大変短いですので、端的にお答えいただければと思います。
世耕議員は初当選が二十七年前の一九九八年ということですけれども、初当選後、直ちに派閥のパーティー券の販売というもののノルマは課されたんでしょうか。
- (上の発言)
まず、私が初当選したときはちょうど派閥の移行期で、いわゆる清和会というのが解散をした状況でありました。その後、私は十一月の頭、初当選ですけれども、十二月に清和政策研究会というのが発足をして、私はそこに加入をさせていただきました。その後、恐らくパーティーがその次の春開かれていると思いますが、ノルマは恐らくあっただろうと思っております。ただ、新人議員ですから、ある程度配慮された低いラインのノルマだったんではないかというふうに記憶しています。
そして、そのノルマに対して超過分を還付されるよというような話は聞いていたのか、そんな存在を知っていたのか。知っていたか知らなかったかでお答えください。
初年度は知らなかったと思います。多分、ええ、こんな義務が発生するんだ、これは、だってサラリーマンから当選したばっかりの議員ですから、どこへ売っていいかも分からないという状況の中で、何とか秘書と一緒にノルマを達成したというのが初年度とか翌年だったというふうに思っております。
御自身はノルマぎりぎりだったということですけれども、ノルマを超えれば還付金があるんだということはその一期目の頃から御存じだったでしょうか。
顔写真の出典(Wikimedia Commons、4件)
- 世耕弘成: Hiroshige Sekō 20160928 (cropped).jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、内閣官房内閣広報室、CC BY 4.0
- 柳ヶ瀬裕文: Hirofumi Yanagase 20171010.jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、Kst01、CC BY-SA 4.0
- 鶴保庸介: Yōsuke Tsuruho, Minister of State for Special Missions.jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、Cabinet Office, Government of Japan、CC BY 4.0
- 舟山康江: Yasue Funayama 2022-11-20.jpg(外部サイト、新しいタブで開きます)、国土交通省 東北地方整備局 山形河川国道事務所、CC BY 4.0