日本共産党の吉良よし子です。
私は、三月三日から行われた、ニューヨーク国連本部で行われた、核兵器禁止条約の第三回締約国会議に参加をしてまいりました。
今年ちょうど被爆八十年、そして昨年、日本被団協がノーベル平和賞を受賞した直後の会議でしたから、日本被団協の皆さんとともに日本から参加した国会議員も、中満泉国連事務次長など、参加者の皆さんから大変歓迎を受けました。私は、日本共産党を代表して、締約国会議の議長に会議成功に向けた要請文手渡すとともに、被爆者を含む多くの日本の皆さんが条約批准そして核兵器廃絶を願っているということを、開催された国会議員会議でスピーチもしてまいりました。最終日に採択された政治宣言では、核兵器禁止条約は激動の時代の中での希望の光であるということが確認され、核兵器廃絶を目指す揺るぎない決意も示された重要な会議でありました。
しかし、この重要な会議に日本政府はまたしても参加をしませんでした。現地では様々な方から、この日本政府の対応にがっかりしたと声が上がりました。被爆八十年、日本被団協のノーベル平和賞受賞というこの機会に参加しないなんて、日本政府は機を逃したという声も聞きましたし、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さんも会議に参加されていましたけれども、どこの政府よりもこの問題を熟知している日本が出てこないのは本当に情けないと語っていらっしゃいます。
総理、サーローさん始めとする被爆者のこの期待に日本政府が応えられなかったと、こういう認識はありますか。
192田田村まみ(国民)
入札価格に労務費が丸められる、そこをしっかりと守るためにお願いします。
終わります。
この発言のページ
193
鶴保庸介(自民)
以上で田村まみ君の質疑は終了いたしました。(拍手)
─────────────
この発言のページ
194
鶴保庸介(自民)
次に、吉良よし子君の質疑を行います。吉良よし子君。
この発言のページ
- (上の発言)
195
吉良よし子(共産)
日本共産党の吉良よし子です。
私は、三月三日から行われた、ニューヨーク国連本部で行われた、核兵器禁止条約の第三回締約国会議に参加をしてまいりました。
今年ちょうど被爆八十年、そして昨年、日本被団協がノーベル平和賞を受賞した直後の会議でしたから、日本被団協の皆さんとともに日本から参加した国会議員も、中満泉国連事務次長など、参加者の皆さんから大変歓迎を受けました。私は、日本共産党を代表して、締約国会議の議長に会議成功に向けた要請文手渡すとともに、被爆者を含む多くの日本の皆さんが条約批准そして核兵器廃絶を願っているということを、開催された国会議員会議でスピーチもしてまいりました。最終日に採択された政治宣言では、核兵器禁止条約は激動の時代の中での希望の光であるということが確認され、核兵器廃絶を目指す揺るぎない決意も示された重要な会議でありました。
しかし、この重要な会議に日本政府はまたしても参加をしませんでした。現地では様々な方から、この日本政府の対応にがっかりしたと声が上がりました。被爆八十年、日本被団協のノーベル平和賞受賞というこの機会に参加しないなんて、日本政府は機を逃したという声も聞きましたし、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さんも会議に参加されていましたけれども、どこの政府よりもこの問題を熟知している日本が出てこないのは本当に情けないと語っていらっしゃいます。
総理、サーローさん始めとする被爆者のこの期待に日本政府が応えられなかったと、こういう認識はありますか。
196
石破茂(自民)内閣総理大臣
そういう方々の御期待に応えられなかったことは事実として私は認めなければいけないと思っています。
この発言のページ
197
吉良よし子(共産)
期待に応えられなかったということをお認めになったと。
いや、これ本当に大問題で、深刻な問題だと思っていて、被爆者の皆さん、締約国会議では本当に歓迎受けていたんですね。日本被団協のノーベル平和賞の受賞については、会議でスピーチする皆さんが口々に祝福のメッセージを送る。日本被団協の濱住治郎さん、会議冒頭のハイレベルセッションで発言したとき、それまで拍手一つ起きない厳粛な国連の会議場が、傍聴席も含めて大きな拍手に沸いたと、本当に私、この場にいて感動したわけですけれども。濱住さんは母親の胎内で被爆をした胎内被爆者です。スピーチの中では、胎内被爆者は生まれる前か…
この発言のページ
198
石破茂(自民)内閣総理大臣
その認識は私も共有するものでございます。
この発言のページ