ということで、どういう再建の仕方をするかということを今、更に打合せしながらやっていただいているということでありますので、これもまたある程度この調査、計画が進みましたら総理の方で果断なる御決断をお願い申し上げたいと、今はお願いだけに申し上げておきます。ありがとうございます。
そこでなんですよね。いろいろ災害が起きますと、去年の輪島なんか典型ですけど、あれ二十年ほど前に、二十年ほど前に地震を受けて、それで実は地元のこの建設関係者も六割ぐらいになっているんですよ、それ以来、その後でね。そういう中であれだけの地震災害と、こういうことなものですから、なかなかスムースにはいかないと、そういう面もあります。ただ、基本的には人口や産業の地方分散というのをもう一回やらなきゃいけないかな、地方創生二・〇というのは、総理、そのために頑張っていただいているのかなと、こう思います。
実は、本当はデータを用意すりゃいいんですけど、何分、明治の、明治の二十年でしたかね、十三年だ、明治十三年に、日本帝国の最初の統計年鑑というのを出したんですね。そのときに、総理御存じだと思いますけど、全国で前は四十だった、四十。都道府県一緒になったりしていまして、その後分かれたんですけど、あるいは一緒になったり分かれたり。
島根県は、人口ではそのときに、何と島根、鳥取、プラス鳥取なんですよ、そのときは百四万人、百四万人。全国が三千六百万人ぐらいの頃ですから、百四万人。石川県が一番、今、能登のある石川県が一番人口としては多かった。ただし、これは富山と福井とが一緒と、こういう問題でもありましたから、それにしても圧倒的に多かった、石川県が。で、東京はというと、東京は十七番。東京は十七番、九十五万人ね。そこから今みたいなこの集中が出てきているわけですけどね。
で、国税も、これはちょっとはっきりしないところあるんですけど、国税、税金払う分ね、それぞれの地域別でいうと、実は東京では二・五%、国税の二・五%。それで、それこそ島根とか石川とか和歌山とか、結局一次産業ですから、が主たる県が多く払ったと、こういうことではあるんですね。
結局、地方のそういう力を寄せ集めて、結集して、財と人口も供給しながら、地方から、ということなんですね。で、東京から愛知、大阪までという富国強兵をやってきたと。
その結果が、戦後はその勢いで、結局、大都市と地方の分散がなかなかうまくいかない。元々、第一次の全国総合開発計画のときから過密過疎というのを問題にして、過密、多過ぎる人口のところと過疎のところと、そこをどう調整しようか、修正しようかと、こういう動きでやってきたわけですけども、ちょうど平成二十年になって国土形成計画と、全国総合開発計画はそういう、基本的にはいつも地方分権と、こういうふうにやってきたわけですね。それで、国土形成計画、平成二十年では、今から約二十年ほど前、国土形成計画ということで、魅力のある、特色のある地域づくりをやっていこうと、こういうふうにしました。
ただ、この頃は、日本という国は物すごく勢いよかったんです、まだね。その勢いがいいまま、全国で、あっ、世界でGDPも二番でしたからね。ちょうど今から三十年ぐらい前でいくと、関東全体で中国の生産高、生産額とほぼ一緒だったんです。フランスとは、中部圏プラスアルファちょっとぐらいでフランスの生産高と一緒。日本は大変な経済的な優位な国でしたからね。
その後、随分変わってはきました。結局、効率第一ということで国土形成なんかをやろうとしたわけですけど、でも、総合開発というのはもういいじゃないかと。ただ、本当にそうだったかなと、こういう、私自身、自分でそこにタッチしながら反省もしたりしています。
しかしながら、大事なことは、これからどうやって雇用や教育を、教育、雇用を分散させながらですね、地方の活力を出していってもらうか、これが大事なことだと思いますので、総理の地方創生二・〇という一生懸命おやりになっているライフワーク、総理のライフワークでもありますよね、ということで、その御決意をお願い申し上げたいと思います。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
佐藤信秋委員におかれましては、本当に高い見識、豊富な御経験を持って、我が党において国土強靱化本部長として本当にいろいろ御指導を賜っております。この場を借りまして厚く御礼を申し上げます。
御指摘のように、今回の下水道におきましても、八潮の事故につきましては委員御指摘のとおりですが、同じような事故が起こらないようにということをしていかねばなりません。全国の皆様方で、自分の地域はどうなんだろうかというふうな不安を抱えておられる方大勢いらっしゃると思っております。
事故後、直ちに緊急的な点検をいたしました。この後、有識者会議というか有識者委員会の御提言もいた…
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佐藤信秋(自民)
大変ありがとうございます。
通常のこのプロセスですと、なかなか年度内というわけにはいかないと、こういうことが予測されるわけですが、決断していただいて、今日明日で、今日明日でこの予算的な手当てをしていただけるということでありますので、みんな安心しながら、しかしながら、また更に、更に更にたくさんの、下水道管でいいますと、少し、年間四千ぐらいあった陥没事故が二千ぐらいになっていると、こういう状況の中で、だけど、大きな、大きな管路なんかでこうした多くの、大きな災害が起きるということも全国的にはまだまだこれからたくさん出てくると、こういう問題だと思いますので。
…
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12青青山豊久林野庁長官
お答えいたします。
岩手県大船渡市の林野火災により亡くなられた方に改めて心からお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた全ての方々にお見舞いを申し上げます。
今回の火災では、二千九百ヘクタールの民有林が焼損する甚大な被害が発生しております。農林水産関係の被害として、このほかに、高性能林業機械や特用林産施設のほか、漁具倉庫や倉庫内に保管していた漁具が焼損との報告を受けております。
私も先週土曜日に現地の森林被害の状況を見てまいりましたが、本日は、滝波副大臣と山本政務官が現地入りいたしまして、被災状況の把握と関係者との意見交換を行っているところでご…
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- (上の発言)
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佐藤信秋(自民)
ということで、どういう再建の仕方をするかということを今、更に打合せしながらやっていただいているということでありますので、これもまたある程度この調査、計画が進みましたら総理の方で果断なる御決断をお願い申し上げたいと、今はお願いだけに申し上げておきます。ありがとうございます。
そこでなんですよね。いろいろ災害が起きますと、去年の輪島なんか典型ですけど、あれ二十年ほど前に、二十年ほど前に地震を受けて、それで実は地元のこの建設関係者も六割ぐらいになっているんですよ、それ以来、その後でね。そういう中であれだけの地震災害と、こういうことなものですから、なかなかスムースにはいかないと、そういう面もあります。ただ、基本的には人口や産業の地方分散というのをもう一回やらなきゃいけないかな、地方創生二・〇というのは、総理、そのために頑張っていただいているのかなと、こう思います。
実は、本当はデータを用意すりゃいいんですけど、何分、明治の、明治の二十年でしたかね、十三年だ、明治十三年に、日本帝国の最初の統計年鑑というのを出したんですね。そのときに、総理御存じだと思いますけど、全国で前は四十だった、四十。都道府県一緒になったりしていまして、その後分かれたんですけど、あるいは一緒になったり分かれたり。
島根県は、人口ではそのときに、何と島根、鳥取、プラス鳥取なんですよ、そのときは百四万人、百四万人。全国が三千六百万人ぐらいの頃ですから、百四万人。石川県が一番、今、能登のある石川県が一番人口としては多かった。ただし、これは富山と福井とが一緒と、こういう問題でもありましたから、それにしても圧倒的に多かった、石川県が。で、東京はというと、東京は十七番。東京は十七番、九十五万人ね。そこから今みたいなこの集中が出てきているわけですけどね。
で、国税も、これはちょっとはっきりしないところあるんですけど、国税、税金払う分ね、それぞれの地域別でいうと、実は東京では二・五%、国税の二・五%。それで、それこそ島根とか石川とか和歌山とか、結局一次産業ですから、が主たる県が多く払ったと、こういうことではあるんですね。
結局、地方のそういう力を寄せ集めて、結集して、財と人口も供給しながら、地方から、ということなんですね。で、東京から愛知、大阪までという富国強兵をやってきたと。
その結果が、戦後はその勢いで、結局、大都市と地方の分散がなかなかうまくいかない。元々、第一次の全国総合開発計画のときから過密過疎というのを問題にして、過密、多過ぎる人口のところと過疎のところと、そこをどう調整しようか、修正しようかと、こういう動きでやってきたわけですけども、ちょうど平成二十年になって国土形成計画と、全国総合開発計画はそういう、基本的にはいつも地方分権と、こういうふうにやってきたわけですね。それで、国土形成計画、平成二十年では、今から約二十年ほど前、国土形成計画ということで、魅力のある、特色のある地域づくりをやっていこうと、こういうふうにしました。
ただ、この頃は、日本という国は物すごく勢いよかったんです、まだね。その勢いがいいまま、全国で、あっ、世界でGDPも二番でしたからね。ちょうど今から三十年ぐらい前でいくと、関東全体で中国の生産高、生産額とほぼ一緒だったんです。フランスとは、中部圏プラスアルファちょっとぐらいでフランスの生産高と一緒。日本は大変な経済的な優位な国でしたからね。
その後、随分変わってはきました。結局、効率第一ということで国土形成なんかをやろうとしたわけですけど、でも、総合開発というのはもういいじゃないかと。ただ、本当にそうだったかなと、こういう、私自身、自分でそこにタッチしながら反省もしたりしています。
しかしながら、大事なことは、これからどうやって雇用や教育を、教育、雇用を分散させながらですね、地方の活力を出していってもらうか、これが大事なことだと思いますので、総理の地方創生二・〇という一生懸命おやりになっているライフワーク、総理のライフワークでもありますよね、ということで、その御決意をお願い申し上げたいと思います。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
御指摘ありがとうございます。
私も、昭和三十年代、四十年代、鳥取で育ちました。NHKでもそうですが、明日の裏日本の天気はと言われてすっごい悲しかったことを覚えております。
委員御指摘のように、統計を取り始めて以来、日露戦争の辺りまでだったと思いますが、新潟県が大体全国の人口トップでした。時々石川が替わることがありましたが、どちらにしても日本海側がトップだった。で、裏日本という言葉が出てくるようになったのは、これも御指摘のとおりですが、東京の人口が新潟を抜いたときから裏日本と言われるようになりました。それまでは、日本海側を内日本と言っておって、太平洋側…
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佐藤信秋(自民)
ありがとうございます。
そこで、時間も大分迫ってきましたけど、実は、長いこと私も、こちらの参議院に出るときに、つくづくこれが大事だというんで、私の当時やっていた仕事の延長以外のことで申し上げたのが、医師の偏在直そうと、なくそうと、それにはふるさと医学部というのが必要だなと、こういう公約をさせていただいて、ふるさとの大学に行く若者たちと、それから通常のそれまでの枠と、そもそも入学枠から少しふるさと用の枠つくったらいいじゃないかということでやっていただいてきたつもりでいます。
今どういう状況にあるか、人数がですね、よろしくお願いします。
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あべ俊子(自民)文部科学大臣
佐藤委員にお答えさせていただきます。
また、委員には、東日本大震災のときにも、自民党が野党であったときに本当に的確なアドバイスをいただきましたこと、心から感謝申し上げまして、本当に安全で美しいふるさとをつくるということで本当に頑張ってこられた委員、尊敬するわけでございまして、そうした中でお答えさせていただきます。
この令和六年度の医学部入院定数が、定員が九千四百三名のうち、地域の医師確保等を目的とするいわゆる地域枠等の定員は一千八百八名でございます。
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