沖縄では戦後八十年間ずっとずっと起き続けてきているんです。やはり復帰をしても同様なことが起き続け、もう五十年を過ぎてもそのことが放置されている。これについては抜本的な取組が必要だと思いますので、引き続きまたそのことは追及をしてまいります。
通告している質問に戻ります。
中谷大臣は、これまで度々地元の理解が大事だと強調されていますが、沖縄では、防衛省は地元に理解してもらおうというより、防衛省の勝手な振る舞いを県民に理解せよと命じているようにしか見えません。配付資料①のように、那覇市陸自一五旅団のホームページに沖縄戦を戦った旧日本軍第三二軍牛島司令官の辞世の句「秋待たで 枯れ行く島の 青草は 御国の春に よみがえらなむ」が掲載されていた件で、県民からの批判を受けて昨年十月末に一時ホームページへの掲載が取りやめていましたが、今年一月から再掲載されました。
四月十八日の衆議院の委員会で中谷大臣は、これは平和を願う歌で、ホームページからも削除しないと答弁しています。果たして平和を願う歌でしょうか。沖縄戦での日本軍と沖縄県民の玉砕を正当化する歌ではないでしょうか。
牛島氏には、日本軍第三二軍司令官として、沖縄を本土防衛の捨て石として軍官民共生共死を唱えて住民を巻き込み、米軍の降伏勧告を黙殺して時間稼ぎの南部撤退を行い、首里司令部を撤退以降、十万人以上の沖縄戦死者を加えた総計二十万人の、県民に四人に一人の犠牲者を出した責任があります。この辞世の句は、一九四五年六月十八日に沖縄戦の敗退を陸軍首脳に向けて報告し、残存兵力による最後の一戦を展開するという決別電報に添えられたとされます。
牛島司令官の句を掲載することは、沖縄戦の犠牲者の尊厳を踏みにじるものです。ホームページへの掲載をやめるべきではありませんか。仮に歴史資料として掲載を続けるのであれば、防衛省の責任において、牛島司令官や第三二軍の作戦や沖縄戦全体への見解を併せて掲載すべきではないでしょうか。
142
伊波洋一政府参考人など
ハイサイ、沖縄の風の伊波洋一です。
本日の報道で、沖縄本島で一月と三月にそれぞれ成人女性が性的暴行に遭う事件があり、沖縄県警は昨日までに二人の二十代の米海兵隊員を書類送検したと、このように報じられております。
これまで何度も様々な取組、去年特にそういうことをやりましたけれども、依然として事件は起き続けている。このような状況、まず一つは、政府に対しての対処が悪いということの抗議と、それから、やはり取組が求められているということを申し上げ、あわせまして、今この事件、もう既に七日には県にも伝えられているわけですから、当然両大臣の下にも報告はあると思いますが…
この発言のページ
143
中谷元(自民)防衛大臣
防衛省としましては、米軍人等による事件、事故、これは地元の皆様に大変な不安と、そして不信を与えるものでありまして、あってはならないものと考えております。
米側に対しては、隊員の教育、綱紀粛正、再発防止の徹底について何度も申入れをしておりますけれども、引き続き、様々な機会を捉えて、強く申し入れ、更に努力を求めてまいります。
その上で、今回の事件についてでございますが、これは個別の事件における捜査機関の活動内容に関する事柄であると承知しておりますので、防衛省としてはコメントをするということは差し控えなければならないということを御理解いただきたいと思います…
この発言のページ
144
岩屋毅(自民)外務大臣
捜査当局において捜査中の事案でございますので、外務省としてもコメントすることは差し控えたいと思いますが、米軍人による事件、事故はあってはならないものと考えております。
四月二十二日、石破総理から着任したグラス駐日米国大使に対しても、事件、事故の再発防止を含む地元の負担軽減を求めておりますし、私も一昨日のグラス大使との会談を通じて、そのことをしかと申し入れたところでございます。
今後とも、在日米軍の綱紀粛正と再発防止の徹底を働きかけてまいりたいと存じます。
この発言のページ
- (上の発言)
145
伊波洋一政府参考人など
沖縄では戦後八十年間ずっとずっと起き続けてきているんです。やはり復帰をしても同様なことが起き続け、もう五十年を過ぎてもそのことが放置されている。これについては抜本的な取組が必要だと思いますので、引き続きまたそのことは追及をしてまいります。
通告している質問に戻ります。
中谷大臣は、これまで度々地元の理解が大事だと強調されていますが、沖縄では、防衛省は地元に理解してもらおうというより、防衛省の勝手な振る舞いを県民に理解せよと命じているようにしか見えません。配付資料①のように、那覇市陸自一五旅団のホームページに沖縄戦を戦った旧日本軍第三二軍牛島司令官の辞世の句「秋待たで 枯れ行く島の 青草は 御国の春に よみがえらなむ」が掲載されていた件で、県民からの批判を受けて昨年十月末に一時ホームページへの掲載が取りやめていましたが、今年一月から再掲載されました。
四月十八日の衆議院の委員会で中谷大臣は、これは平和を願う歌で、ホームページからも削除しないと答弁しています。果たして平和を願う歌でしょうか。沖縄戦での日本軍と沖縄県民の玉砕を正当化する歌ではないでしょうか。
牛島氏には、日本軍第三二軍司令官として、沖縄を本土防衛の捨て石として軍官民共生共死を唱えて住民を巻き込み、米軍の降伏勧告を黙殺して時間稼ぎの南部撤退を行い、首里司令部を撤退以降、十万人以上の沖縄戦死者を加えた総計二十万人の、県民に四人に一人の犠牲者を出した責任があります。この辞世の句は、一九四五年六月十八日に沖縄戦の敗退を陸軍首脳に向けて報告し、残存兵力による最後の一戦を展開するという決別電報に添えられたとされます。
牛島司令官の句を掲載することは、沖縄戦の犠牲者の尊厳を踏みにじるものです。ホームページへの掲載をやめるべきではありませんか。仮に歴史資料として掲載を続けるのであれば、防衛省の責任において、牛島司令官や第三二軍の作戦や沖縄戦全体への見解を併せて掲載すべきではないでしょうか。
146
中谷元(自民)防衛大臣
この掲載をやめるべきであるという御意見でございますが、この地元の第一五旅団としましては、これまでの部隊の歩みを正確かつ丁寧に説明をすることが地元の皆様に身近な存在だと感じていただくためには必要不可欠であると考えまして、臨時第一混成群長の沖縄復帰に伴う訓示も含めまして、各部隊新設時における部隊長の訓示をホームページに掲載することとしたと承知しております。
なお、昭和四十七年度に作成された同群の部隊史によりますと、御指摘の牛島司令官の辞世の句も含めて、この沖縄復帰に伴う訓示に含まれております。
その上で、御指摘のホームページの記載の内容を含めまして、部隊…
この発言のページ
147
伊波洋一政府参考人など
まさに一五旅団が三二軍と何か結び付いているかのような今の答弁でしたが、やはりそんな形で旧日本軍の歴史を背負うことをやり続けることは本当にいけないと思うんですよ。そういうことについては多くの批判があるということを是非受け止めていただきたい。
次に、陸自宮古島駐屯地は、宮古島トライアスロンを公務として支援する際、反対する地元意見にもかかわらず、迷彩服で参加を強行しています。住民団体だけでなく、共催する琉球新報は迷彩服をやめるように市に要請し、主催の宮古島市が陸自に迷彩服ではなく大会Tシャツの着用を考慮するよう求めていました。
しかし、資料②、③、④のよう…
この発言のページ
148
中谷元(自民)防衛大臣
本年の四月二十日に宮古島市において開催されました三十九回全日本トライアスロン宮古島大会は、宮古島トライアスロン実行委員会からの派遣の依頼をいただき、陸上自衛隊宮古島駐屯地の隊員が本大会に対して警備、輸送、医療等の支援を行いました。
宮古島駐屯地において、本大会への支援は部隊として行う広報活動であるために、他の広報活動と同様に、令和六年度から戦闘服での支援を行っているというものと承知をいたしております。
今回の支援に当たりましては、宮古島市に対して琉球新報社等から戦闘服の着用を考慮してほしいという要請があった旨は宮古島市から宮古駐屯地に情報が、情報提供…
この発言のページ