バランスというよりかは、基本的には自助、共助、公助、最大限の努力をしていくというのがまず大前提である。
まず、やってはいけないこととして、やはり相互依存関係があると、互いに頼り合って結局誰も努力をしないという状態になっている。もしかすると、今の日本社会の多くはその状態に陥っている可能性があるかもしれない。
それから、自助、共助、公助の関係としては、先ほど福和参考人が言われたとおり、共助は共助として独立して頑張る要素もあるんだけれども、自助の支援を共助がしていく、地域ぐるみで何かに取り組んでいく、公助は自助、共助の支援をしていくという関係が重要である。
伸び代としては、僕は共助というのが非常に大きいかなと思っています。ただ、今までの共助というのは、みんなで助け合いましょう、みんなで仲よく頑張りましょうと、ソフトに偏重しているのではないかというふうに感じています。災害を乗り越えるためには、例えばエネルギーの拠点とか生活インフラが災害時にも確保できるようなハード、それが重要だと思っています。そういうハードとソフトを組み合わせることで、共助の力の伸び代というのがより大きくなっていくのかなというふうに思っています。
加えて、持ち寄りの共助という言葉を最近使っているんですけれども、地域社会の中には実は使えるものというのは結構いろいろあると思うんですね。それは、人の持っているスキルも含めて、物も含めて考えていくと、そういうものを地域の中で上手に寄せ集めることで災害時に役立つものに変えていく、そういう方向性もあり得るというふうに思っています。
以上です。
12福福和伸夫名古屋大学名誉教授
福和でございます。
一般には、公助と共助と自助の割合は一対二対七と言われております。圧倒的に自助が大事である。災害が起きた後は、やはり公助の力は圧倒的に足りません。我々は平時に持っている力しかありませんから、その力以上のものを災害が起きた後に使うことはできません。
ですから、公助はどこで使うかというと、平時に使うべきだと思います。平時に自助がちゃんと育つように、徹底的に公助の力を入れる。できる限り自助を促すように公助が入り込んでいく。その仕組みは比較的難しいわけではなくて、皆さんのやる気を育むような、あるいは教育とか啓発みたいなことをして少しでも自助…
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13山山崎栄一関西大学社会安全学部教授
公助と共助と自助の関係なんですが、憲法とかを見てみると、憲法では自立した個人というのを前提に考えているんですね。災害が起こると、そういう自立というのがなかなか難しくなる場面というのが出てきて、そういう自立をまた回復するために公助というのが使われる、そういうイメージです。
ですから、基本的には自助を前提に、まさに自助を促進するとか支えるような形で公助というのは使われるべきで、共助というのも、とどのつまりは、結局、自助の促進につながっていくわけですから、共助に対しても公助はある程度そういう支援をする、そういう余地もあるかと思います。
以上です。
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14重重川希志依常葉大学名誉教授
基本的には、私は、社会で考えられているよりも自助で頑張っている人というのは多いと思っています。例えば、被災地なんかに行きましても、何も言わず、みんな一生懸命黙々と努力している。ただし、そういう人の声は表に出てきません。サイレントマジョリティーとよく言われるんですけれども、そうじゃない人の声、あるいは、そうじゃない人をあたかも代弁するかのような外からの声というのが一般的には大きく聞こえてきます。まだまだ、やはり日本人というのは黙って一生懸命頑張る、そういう人がいっぱいいると思っています。
あと、共助についてなんですが、共助は時期によってどういう共助が大切…
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- (上の発言)
15加加藤孝明東京大学生産技術研究所教授/東京大学社会科学研究所特任教授
バランスというよりかは、基本的には自助、共助、公助、最大限の努力をしていくというのがまず大前提である。
まず、やってはいけないこととして、やはり相互依存関係があると、互いに頼り合って結局誰も努力をしないという状態になっている。もしかすると、今の日本社会の多くはその状態に陥っている可能性があるかもしれない。
それから、自助、共助、公助の関係としては、先ほど福和参考人が言われたとおり、共助は共助として独立して頑張る要素もあるんだけれども、自助の支援を共助がしていく、地域ぐるみで何かに取り組んでいく、公助は自助、共助の支援をしていくという関係が重要である。
伸び代としては、僕は共助というのが非常に大きいかなと思っています。ただ、今までの共助というのは、みんなで助け合いましょう、みんなで仲よく頑張りましょうと、ソフトに偏重しているのではないかというふうに感じています。災害を乗り越えるためには、例えばエネルギーの拠点とか生活インフラが災害時にも確保できるようなハード、それが重要だと思っています。そういうハードとソフトを組み合わせることで、共助の力の伸び代というのがより大きくなっていくのかなというふうに思っています。
加えて、持ち寄りの共助という言葉を最近使っているんですけれども、地域社会の中には実は使えるものというのは結構いろいろあると思うんですね。それは、人の持っているスキルも含めて、物も含めて考えていくと、そういうものを地域の中で上手に寄せ集めることで災害時に役立つものに変えていく、そういう方向性もあり得るというふうに思っています。
以上です。
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平沼正二郎(自民)
ありがとうございます。非常にこれも大変参考になる御意見をいただいたかなと思っております。
その上で、福和参考人にちょっとお伺いをいたしたいんですけれども、先ほど自助、共助、公助の話もしましたけれども、例えば、今、支援法みたいなものを拡充して例えば六百万円にしようみたいなお話があったりとかしていますけれども、建て直しという金額に関しては非常に、多分これだけだと難しいので、元々の支援金の目的というのは、どちらかというとお見舞金的な立場というか、たてつけになっているんです。
一方で、自助というところでは、やはり自分で保険に入るとか、何かそういうのが結構私は…
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17福福和伸夫名古屋大学名誉教授
まずは、事前にお金を使った方が圧倒的に失うお金は少ないということが大前提であると思います。先ほども申し上げましたけれども、耐震補強にかかるお金は多分百万円から二百万円程度です。これは出しておけば、生活も維持できますし、財産も保全できるし、命も守れます。これは関連死を防ぐ上でも圧倒的に重要なので、今の御質問に対しては、まず最初に、後のことを考えるよりも事前に被害を減らす努力をしないと、後で使うお金は事前に使うお金の恐らく十倍以上。
ですから、それはこの国として出せる金額ではないので、どうしても金額を減らさなくちゃいけなくなります。金額を減らすためにはどの…
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平沼正二郎(自民)
ありがとうございます。大変参考になりました。
本当はいっぱい聞きたいんですけれども、もう時間がないので最後の質問にいたしますけれども。
重川参考人の方から、やはり最後までちゃんとケアが必要な人は見極めてやっていかないといけないということで、東日本でもそうなんですけれども、心のケアというのは、今回、救助法でいわゆる福祉も入れましたけれども、やはり心のケアというのは非常に重要になっていて、その辺り、現場にいっぱいいらっしゃってどう考えていらっしゃるか、最後に伺わせていただけますか。
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