田中熙巳日本原水爆被害者団体協議会代表委員

2025年2月25日・第217回国会 衆議院 予算委員会公聴会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 95 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 243 発言)

石破総理は、受賞が決まってすぐ、私のところに電話をよこされました。私が、一番最初に申しましたように、全く想定していなかったので、そのときは自宅にもいなかったし、テレビも見ていなくて、結局、十回ぐらい電話をかけてこられて、その日はつながりませんでしたので、翌日の十二日にこちらの方から電話をして総理とお話ししました。

そのとき、新聞にも報道されておりますけれども、自分は、小学校のときにアメリカから返還された日本の原爆の被害の映画等を見せてもらった、それを見て、原爆の被害というのはすごいのだというふうに子供ながらに感じて、それから、中学生のときに広島の資料館に見学に行った、そして具体的にいろいろなものを見て話も聞いた、核兵器は絶対に使ってはいけない兵器だ、将来なくさなくてはいけない兵器だと固く信じております、しかしという電話だったんですね。しかし、日本の今の置かれている安全保障の状況は厳しいものがある、だから理想論だけではいかないというところまで言いまして、時間がもう、電話をやっているわけですから、後にまたしましょうという、総理も言いましたし、だから、私も、後でまたお話ししましょうという約束をして、この前、改めて官邸で会見をいたしました。

しかし、私どもの意見を、一分とか、私は一分だとか言われましたけれども、三分だとか聞いていただいて、あとは五、六分、あと、最後に総理が自分の見解をおっしゃいました。防衛が必要だ、最後にはシェルターが必要だとまでおっしゃいました。核兵器にシェルターがいかに滑稽であるかというのはもう知られていることなんですけれども、そこまでおっしゃって、時間が参りましたので私は失礼いたします、もう何も言うことがなかったので、改めてまたお話をしたいと思いますということだけ残して別れました。

以上です。

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