お答えいたします。
昭和二十二年にいわゆる明治民法が改正されておりますが、これは、民法の家族法の近代化、合理化にとって必ずしも十分な内容のものではなく、将来における更なる改正を政府の宿題として積み残したものであったと承知をしております。
そのため、昭和二十九年七月に、法務大臣から法制審議会に対して、民法の改正を加える必要があるとすればその要綱を示されたいとの一般的諮問、包括的諮問でございますが、これがされたものと承知をしております。また、その諮問時の内閣総理大臣は吉田茂議員であったと承知をしております。
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平岡秀夫(立憲)
私も、法務大臣時代に、法制審議会に諮ろうとして事務方から断られた経緯があります。どうしてかというと、法制審議会というのは、ある程度方向性が決まってから諮問するものであって、これからどうしようかというようなものについて諮問するようなことはしないんだというふうに言われて、ああ、そうですかということで、ちょっと私も諦めた経緯があるのでございますけれども、それはそれとして。
過去三十年間の法制審答申で、具体的な法案、立法とか法律改正、あろうかと思いますけれども、具体的な法案が提出されていない例というのはあるんでしょうか。あるとすると、それはどんなものなんでしょ…
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7松松井信憲法務省大臣官房司法法制部長
お答え申し上げます。
調査、把握した限りで申し上げますと、過去三十年において、法制審議会の答申として法改正について要綱が示されたもののうち、現在まで国会に法案が提出されていないものとしては、平成八年二月二十六日付で答申のあった民法の一部を改正する法律案要綱のうち夫婦別氏制度に関する部分など、また、令和六年九月九日付で答申のあった商法(船荷証券等関係)等の改正に関する要綱があるものと承知をしております。
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平岡秀夫(立憲)
今、例として示していただいたもののうち、船荷証券関係というのは、令和六年、つまり去年出たやつですから、まだ立法作業が十分にできていなくて提出できないというのは当然あり得ることだというふうに思うんですけれども、二十九年も前に出た答申がいまだに法案提出されていないというのは、やはりちょっと異常な事態ではないかというふうにも思いますね。
そこで、これからは選択的夫婦別氏制度に関する答申についてちょっとお聞きしたいと思います。
夫婦別氏問題については、法制審に対しては、いつ、どの内閣のときに諮問されたんでしょうか。また、その諮問内容というのは具体的にどういう…
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- (上の発言)
9竹竹内努法務省民事局長
お答えいたします。
昭和二十二年にいわゆる明治民法が改正されておりますが、これは、民法の家族法の近代化、合理化にとって必ずしも十分な内容のものではなく、将来における更なる改正を政府の宿題として積み残したものであったと承知をしております。
そのため、昭和二十九年七月に、法務大臣から法制審議会に対して、民法の改正を加える必要があるとすればその要綱を示されたいとの一般的諮問、包括的諮問でございますが、これがされたものと承知をしております。また、その諮問時の内閣総理大臣は吉田茂議員であったと承知をしております。
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平岡秀夫(立憲)
昭和二十九年ですから、大変昔の話でございますね。この委員会でも、多分、そのときに生まれていたのは、円先生とか私とか小泉先生とかというふうに、限られた人たちになるのではないかなというふうには思います。
それで、この法制審は、夫婦別氏問題について、いつ、どの内閣の何法務大臣のときに答申を出したんでしょうか。
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11竹竹内努法務省民事局長
お答えいたします。
法制審議会において選択的夫婦別氏制度の導入等を内容とする民法の一部を改正する法律案要綱の答申がされましたのは、平成八年二月二十六日でございます。また、その答申時の内閣総理大臣は橋本龍太郎議員、法務大臣は長尾立子氏であったものと承知をしております。
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平岡秀夫(立憲)
橋本内閣だったんですよね。自社さ政権だったようでございますけれども、首班は自由民主党の橋本龍太郎さん。諮問をしたのは吉田茂さんですけれども、吉田茂さんは当時は自由党の総裁ということで、その一年後に保守大合同が行われて自由民主党になったということで、その前身である自由党の総裁であったという、このお二人が関わった答申であったということを是非皆さんにも記憶しておいていただきたいというふうに思います。
そこで、この答申が出たとき、あるいはその後の国会答弁において、橋本内閣の法務大臣はどういう受け答えをしているのかということをお答えいただきたいんですけれども、法…
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