辻英之 (立憲民主党)

2025年6月18日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第17号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 20 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 158 発言)

しっかりと進めていただきたいと本当に思っています。

私、もう一つ話をしたいんですけれども、三十年間、山村留学という形で一年間子供を預かって、自然と向き合う暮らしの営みを教育材として、まさに暮らしの自然体験をしてきました。

例えば、まき割り。まきでお風呂をたいて、五右衛門風呂でたいていたんですが、一年間、ストーブも。子供たち、一年間暮らすと、一日でどれぐらいのまきを使うか分かるわけですよね。どれぐらいでお風呂がたけるのと聞けば、これくらいと。大体一か月だとどれぐらいですかといったら、この壁に並んでいるまきの積んでいる量です。これ、一か月にすればどれくらいというのは分かりますよね。

その次の問いは、じゃ、これは立っている木だったら何本ぐらいになるんだろうねという話をすると、まきを割っているから分かるんですよね、長さ何メートルの、樹齢何年で、どれぐらいのまきが出てくるか。そうすると、その立ち木が、例えば百本としましょうか、その百本は、私は間伐もしているので、どれぐらいの山に生えているのかということも分かるわけですね。例えば、二ヘクタール。例えばですよ、今の話は。そうすると、一年間、私たちはこれくらいの山の間伐をすれば暮らしていけるんだねということが分かります。そして、三十年間植林をすれば、持続可能な暮らしができる、エネルギーにおいてはできるということも分かります。

お米の話もそうですね。私、三反、三十アール作っていたんですが、中山間地の条件不利な地域で、うまくいっても二十俵から二十五俵です。千二百キロぐらい。

同じことですよね。一日で食べるお米の量、一か月の量、一年の量が分かれば、そうなると一年分の消費量のどれぐらいを自給しているかが分かります。逆に言えば、一年間自分たちで自給する場合にはどれぐらいの田んぼを耕せばいいのかというのが分かってきますね。

これは、算数とか環境、まあ理科、社会、体を動かしますから体育、家庭科、食育も含めて、暮らしを通して自然体験というまさに主体的、対話的な深い学び方で教科を学んでいる。これはわくわくしませんか、皆さん。ここで培われる学力、こういう話をするとちょっと長くなるので、今度どこかでまた質問しますが。

では、伺います。

学習指導要領改訂の議論で、柔軟な、弾力的な教育課程編成によって裁量的な時間を生み出すと、仮ですが、しています。まさにこの裁量的な時間にこういった自然体験活動などを導入してはどうかと考えますが、いかがでしょうか。

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