そうなんですね。現在、年間約八千ヘクタールのうち、大区画化に六千ヘクタール、それ以外の中山間地等に二千ヘクタールということになります。
そこで、資料の一でございますが、こちらの左の下、三十アール程度以上区画の水田、これを大区画化していくということが、コスト低減とか、あるいは、これからの農業人口の激減に対応するためには必要ということになります。
ただ、戦後、本当に狭小な水田を三十アールにするというような基盤整備が行われてきました。ですから、その部分で、圃区均平田というらしいんですけれども、田んぼが平らに連担していて、あぜを取っ払ってしまえば大区画化ができるという田んぼもございます。
そういう田んぼについては、予算をたくさん使うということよりも、それぞれ農業者がお話合いをしていただいて、あぜを取っ払うということ、これで簡易に整備をするということをどんどん私は進めるべきだと思っていますし、私の地元の龍ケ崎市というところがあるんですが、百六十ヘクタールぐらいやっている大規模な水田農家がありますが、そこは自前であぜを取っ払って圃場を広くしています。
そこで、しっかりと予算をかけてこれから整備をしなければいけない水田がどれぐらいあるかということなんですが、この資料からも見てお分かりのとおり、全体の水田面積が二百三十四万ヘクタールあります。そのうち、三十アール程度の区画整理の対象となるであろう中山間地等における不整形、狭小な水田が七十四万ヘクタール、これを除いた百六十一万ヘクタールから、既に大区画化済みの水田面積二十九万ヘクタールと、簡易整備可能な五十二万ヘクタール、これを除いた八十万ヘクタールを早急に大区画化をしなければいけない、そういうような計算になっています。
資料二を御覧いただきたいと思います。
これは、先ほど前島局長が述べられた、年間六千ヘクタール大区画化をしていると、何年かかるか。これはもう単純な算数です。百三十三年。食料安全保障を確立して、そして先ほどの基本計画のKPIを達成する、そのための基盤となる農地の整備、大区画化、これに今の予算だと何年かかるか。百三十三年。この話を私が地元の土地改良の皆さんとの集まりでお話しすると、失笑が漏れるんですよね。
当然、百三十三年後だから、ここにいらっしゃる方々は誰も生きていない、そういうペースなんです。ですから、このペースで五年でやるには、予算を二十倍以上にしなきゃいけない。なかなかそれは難しいにしても、私は三十年ぐらいでは達成するべきだというふうには思っているんです。私も、死ぬか生きるか境目ぐらいの頃には、その状況を見たいなというふうに思っています。ただ、その前に、やはり国民に対してしっかり説明をしていかなければいけない。
資料の三を御覧になっていただきたい。
農業農村整備、いわゆる土地改良予算、民主党政権のときに減らされた時代もあったんですが、それは今日は言いませんけれども、その前も相当これはお金をかけているんですよ。そのかけたお金というのは一体意味があったのかという話にもなってしまう。これについては、なかなかちょっと、役所で答弁をというと、余りはっきり物を言ったような答弁ができないものですから、そこのところはちょっとこちらでのみ込んで申し上げますけれども、たくさんの予算、確かにつくったんです。
今現在、そういう形で三十アール以上に区画されている水田というのは六八・七%あります。ただ、これ自体は、お米自体、日本で自給できるようになったのは昭和四十二年、戦後ずっと足りないという時代が続いていました。また、食管制度があった時代は、やはり小さな農家が非常に多かった。一九九五年に食管制度が廃止されて、それからいろいろな形での大規模化というのが急速に進み出したわけです。
その前の時代の土地改良というのは一体何だったのかということなんですけれども、まず、小規模自作農が耕作していました。私の小学校時代に、都府県の水田の一戸当たりの平均の面積は一・一ヘクタール、しかも実際に働いていました。土地に対する愛着は、日本人は当時は非常に強かった。ですから、お話合いをして区画を広くしようといったって、自分のところは自分の区画で耕すんだと、まとまらないんですよ、一ヘクタールの区画なんかを造ろうって。せいぜい三十アールだと。
そして、その中で、さっきも言ったとおり、昭和四十二年まではお米の自給ができなかった。食料が不足している。少しでも生産性を上げなきゃいけない。じゃ、田植機を入れられるように、あるいはコンバインを入れられるように、当時の、今の田植機もそんなに大きくないですから、そうすると、その機械を入れるというようなことになると、最低でも区画整理はやっていかなきゃいけない。ですから、もう三十アールで、致し方ないけれども、日本人を食べていかせるためには、これは仕方がないということで進めてきたんです。
ですから、さっきも言ったとおり、圃区均平田については、もう自前であぜを取っ払ってもらいましょう。でも、ほかのところについてはしっかりと農業農村基盤整備をやっていかなきゃいけない。ですから、かつての必要性と、それからこれからの必要性ですね。このことを、やはりしっかり国民に対して説明をしていかなければなりません。
農業農村基盤整備、農業従事者が激減します、国際情勢が不透明化します、その中で日本人が食べていけるようにするためには、これからが正念場。このことを国民の皆さんにしっかりと理解をしていただかなければいけない。その意味で、今述べた六八・七%の整備率という数字が独り歩きしますと、三十アールでいいじゃないかというふうに思われてしまうと、これからの食料安全保障を確保することができない。今、六八・七%の進捗率という数字が独り歩きしてしまうと、もう農業農村基盤整備事業は要らないじゃないか、そういう話になりかねない。この見せ方、これは工夫する必要はあると思うんですけれども、いかがでしょうか。
13杉杉中淳農林水産省経営局長
お答えいたします。
全国の市町村に策定いただきました地域計画は、現在集計中でございますけれども、三月末までにおおよそ一万九千地区で策定されたところでございます。
策定された地域計画の分析を今行っておりますけれども、議員御指摘のように、将来利用する者が不在の農地が多く存在することが確認をされます。これは、小区画、不整形の農地が多い中山間地域などで特に見られますけれども、まず、農地が分散しており、まとまった農地がない、また、そのような農地が基盤整備をされていない、また、地域に受け手となる担い手がいないなどの課題が挙げられておりまして、そのような地域では、…
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葉梨康弘(自民)
そういうことなんですよね。ですから、農地を大区画化するだけが農業農村基盤整備ではない。中山間地の区画整理というのもある。
後半はもう大区画化ということに絞って伺っていきたいと思っているんですが、今現在、年間、大区画化には何千ヘクタールぐらい、それ以外には何千ヘクタールぐらいの基盤整備を進めていらっしゃるのか、伺いたいと思います。
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15前前島明成農林水産省農村振興局長
お答えいたします。
現行土地改良長期計画の計画期間の最初の二年間となります令和三年度及び令和四年度における水田の区画整理面積は、年間約八千ヘクタールでございます。そのうち、五十アール以上に大区画化された整備面積は約六千ヘクタールとなります。地域の関係者の意向や地形条件などから大区画化が困難な地域もございますが、そうしたところでは三十アール程度区画への整備を行ってきておりまして、それらが残りの約二千ヘクタールとなっておるところでございます。
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- (上の発言)
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葉梨康弘(自民)
そうなんですね。現在、年間約八千ヘクタールのうち、大区画化に六千ヘクタール、それ以外の中山間地等に二千ヘクタールということになります。
そこで、資料の一でございますが、こちらの左の下、三十アール程度以上区画の水田、これを大区画化していくということが、コスト低減とか、あるいは、これからの農業人口の激減に対応するためには必要ということになります。
ただ、戦後、本当に狭小な水田を三十アールにするというような基盤整備が行われてきました。ですから、その部分で、圃区均平田というらしいんですけれども、田んぼが平らに連担していて、あぜを取っ払ってしまえば大区画化ができるという田んぼもございます。
そういう田んぼについては、予算をたくさん使うということよりも、それぞれ農業者がお話合いをしていただいて、あぜを取っ払うということ、これで簡易に整備をするということをどんどん私は進めるべきだと思っていますし、私の地元の龍ケ崎市というところがあるんですが、百六十ヘクタールぐらいやっている大規模な水田農家がありますが、そこは自前であぜを取っ払って圃場を広くしています。
そこで、しっかりと予算をかけてこれから整備をしなければいけない水田がどれぐらいあるかということなんですが、この資料からも見てお分かりのとおり、全体の水田面積が二百三十四万ヘクタールあります。そのうち、三十アール程度の区画整理の対象となるであろう中山間地等における不整形、狭小な水田が七十四万ヘクタール、これを除いた百六十一万ヘクタールから、既に大区画化済みの水田面積二十九万ヘクタールと、簡易整備可能な五十二万ヘクタール、これを除いた八十万ヘクタールを早急に大区画化をしなければいけない、そういうような計算になっています。
資料二を御覧いただきたいと思います。
これは、先ほど前島局長が述べられた、年間六千ヘクタール大区画化をしていると、何年かかるか。これはもう単純な算数です。百三十三年。食料安全保障を確立して、そして先ほどの基本計画のKPIを達成する、そのための基盤となる農地の整備、大区画化、これに今の予算だと何年かかるか。百三十三年。この話を私が地元の土地改良の皆さんとの集まりでお話しすると、失笑が漏れるんですよね。
当然、百三十三年後だから、ここにいらっしゃる方々は誰も生きていない、そういうペースなんです。ですから、このペースで五年でやるには、予算を二十倍以上にしなきゃいけない。なかなかそれは難しいにしても、私は三十年ぐらいでは達成するべきだというふうには思っているんです。私も、死ぬか生きるか境目ぐらいの頃には、その状況を見たいなというふうに思っています。ただ、その前に、やはり国民に対してしっかり説明をしていかなければいけない。
資料の三を御覧になっていただきたい。
農業農村整備、いわゆる土地改良予算、民主党政権のときに減らされた時代もあったんですが、それは今日は言いませんけれども、その前も相当これはお金をかけているんですよ。そのかけたお金というのは一体意味があったのかという話にもなってしまう。これについては、なかなかちょっと、役所で答弁をというと、余りはっきり物を言ったような答弁ができないものですから、そこのところはちょっとこちらでのみ込んで申し上げますけれども、たくさんの予算、確かにつくったんです。
今現在、そういう形で三十アール以上に区画されている水田というのは六八・七%あります。ただ、これ自体は、お米自体、日本で自給できるようになったのは昭和四十二年、戦後ずっと足りないという時代が続いていました。また、食管制度があった時代は、やはり小さな農家が非常に多かった。一九九五年に食管制度が廃止されて、それからいろいろな形での大規模化というのが急速に進み出したわけです。
その前の時代の土地改良というのは一体何だったのかということなんですけれども、まず、小規模自作農が耕作していました。私の小学校時代に、都府県の水田の一戸当たりの平均の面積は一・一ヘクタール、しかも実際に働いていました。土地に対する愛着は、日本人は当時は非常に強かった。ですから、お話合いをして区画を広くしようといったって、自分のところは自分の区画で耕すんだと、まとまらないんですよ、一ヘクタールの区画なんかを造ろうって。せいぜい三十アールだと。
そして、その中で、さっきも言ったとおり、昭和四十二年まではお米の自給ができなかった。食料が不足している。少しでも生産性を上げなきゃいけない。じゃ、田植機を入れられるように、あるいはコンバインを入れられるように、当時の、今の田植機もそんなに大きくないですから、そうすると、その機械を入れるというようなことになると、最低でも区画整理はやっていかなきゃいけない。ですから、もう三十アールで、致し方ないけれども、日本人を食べていかせるためには、これは仕方がないということで進めてきたんです。
ですから、さっきも言ったとおり、圃区均平田については、もう自前であぜを取っ払ってもらいましょう。でも、ほかのところについてはしっかりと農業農村基盤整備をやっていかなきゃいけない。ですから、かつての必要性と、それからこれからの必要性ですね。このことを、やはりしっかり国民に対して説明をしていかなければなりません。
農業農村基盤整備、農業従事者が激減します、国際情勢が不透明化します、その中で日本人が食べていけるようにするためには、これからが正念場。このことを国民の皆さんにしっかりと理解をしていただかなければいけない。その意味で、今述べた六八・七%の整備率という数字が独り歩きしますと、三十アールでいいじゃないかというふうに思われてしまうと、これからの食料安全保障を確保することができない。今、六八・七%の進捗率という数字が独り歩きしてしまうと、もう農業農村基盤整備事業は要らないじゃないか、そういう話になりかねない。この見せ方、これは工夫する必要はあると思うんですけれども、いかがでしょうか。
17前前島明成農林水産省農村振興局長
お答えいたします。
これまでも食料・農業・農村白書などにおきましては、三十アール程度以上の整備率と併せまして、五十アール以上の大区画への整備率を併記してきております。
委員御指摘のとおり、スマート農業技術の導入などによります生産コストの低減に向けまして、農地の大区画化を加速することが不可欠であると考えておりまして、令和八年度以降の新規地区につきましては、平たん地ではおおむね一ヘクタール又はそれ以上の大区画化を基本に検討していくこととしているところでございます。
一方、中山間地域などにおきましては、大区画化が困難な場合もございますことから、三十アール…
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葉梨康弘(自民)
これはしっかりと工夫していただかないと、これでいいんじゃないかというふうに国民の皆さんに思われたら予算がつかないですから。斎藤さん、水田地帯ですから、新潟ですから。
それで、私、予算を二十数倍にして五年にしろとはさすがになかなか言えないと思うんですよ。でも、少なくとも、さっきも言ったように、やはり三十年ぐらいでは完成させるということが必要だろうというふうに思います。
というのは、何でかというと、これは受ける側なんですが、五年間だけ予算を増やしますよと言われても、まず自治体も人を雇わない、土地改良区も人を雇わない、それから業者さんも人も雇わないし設備投…
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御法川信英(自民)
次に、西田昭二君。
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