そうすると、公平である場合というのは、何に基づいて公平なのかという基本的な価値観が必要になるんですね。公平であるとするのであれば、日本学術会議が基礎として置かなくてはいけない価値観、ミッション、それは何でしょうか。大臣。
2025年4月25日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第17号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 321 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 336 発言)
前後のやりとり
なかなか、委員の中立、公平の定義が十分理解しているかどうか分かりませんが、少なくとも、公平ということでいうと、いわば受け身ではなくて何かをやっていく、何かを発言をしていくということであるとするならば、行動を起こしていく、そういうわけではないんでしょうか。 であれば、とにかく私は公平な組織になってもらいたいと思っておりますし、そして、何よりも、学術オリエンテッドというか、学術、それぞれの研究分野に正真正銘、本当に研究に力を入れていただいて、そこにあくまでも正直になっていただいた上で、そこで本当に必要になり、研究の成果として出てきたものを、是非ともそれを、…
これはちゃんと通告のときに言ったんです。法哲学者か誰かに聞けばいいという話もしたんです。 もう一度言います。中立というのは、何か意見が対立するときにどちらも応援しないこと、これが中立です。公平というのは、全ての人を平等に扱うこと。そういう全く意味合いが違うものでして、世間でしょっちゅう間違って使われているんですけれども、放送法とかでもそうなんですけれども、公平であるというのは、そういうことなんですね。 もう一度聞きます。 日本学術会議は、今の学術会議は公平な組織か、そして、これからつくられていく日本学術会議は公平な組織であるべきか、いかがお考えでし…
平等に扱うことというのが公平ということであるならば、そういった組織になってもらいたいと思っております。
- (上の発言)
そうすると、公平である場合というのは、何に基づいて公平なのかという基本的な価値観が必要になるんですね。公平であるとするのであれば、日本学術会議が基礎として置かなくてはいけない価値観、ミッション、それは何でしょうか。大臣。
研究、それぞれの科学者なり研究者が研究をした、そのある種の研究成果でありエビデンスでありということかなと思います。
その価値観の範囲内において、日本学術会議は、政権を賛美したりとか、逆に批判をすること、これは可能でしょうか。大臣。
当然あり得る話だと思います。