石垣雅敏北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会会長/根室市長

2025年6月13日・第217回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 69 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 92 発言)

御質問ありがとうございます。

私どもの思いをどうやってロシアに伝えていくかという話でありますけれども、これは、戦後八十年たって、それから、ビザなし交流が三十年間続きました。それまでは北方四島というのは実は拿捕のときだけに行ける島でありまして、それが、平成四年にビザなし交流が始まって、初めて根室の花咲港というところにマリーナ・ツベターエワ号というものが十九人の皆さんを連れてきました。どんな方が来るんだろうなと思ったら、ちょっと体形はふくよかでありますけれども、本当に笑顔のすてきな皆さんでありました。

それから三十年間、交流が始まって、そのときのテーマは、やはり私ども元島民の思いをどう隣の島の皆さんに伝えるかということであります。そんな意味では、三十年間伝わってきたその積み重ねというのは非常に大きなものがあります。

実は、先般のカズワンの事故のときにも、国後に流れ着いた御遺体、これはもしかしたらカズワンの方ではないだろうかと、根室市民に入りました。それが海上保安に行って、御遺体の引取りにつながって、彼は、その後も国後の海を、海岸を一生懸命捜してくれたということであります。

そういうことでありますので、交流の機会さえあれば気持ちというのはつながるということは、私、人と人でありますので、信じております。それが今、できない。

それから、そのビザなし交流が始まる前までは、国際的に言えば、例えばニューヨークに行ったり、国際的な、北方領土問題を世界に訴えてまいりましたけれども、これは、ビザなし交流が始まって、ゴルバチョフが来て、北方領土問題があるということで両方認識しましたので外の世界に訴えるということはなくなりましたけれども、ただ、今また現状が変わりましたので、今度、この状況の中でどのように訴えていくか。

まず、世界にどう訴えていくか、また、ロシアにどういうふうに訴えていくか、これはしっかり皆さんと一緒に考えて対応をしたいと思いますし、そういう意味では、人と人とのつながりというのは、社会情勢がどうであっても私はやはり信ずるべきだと思います。

以上であります。

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