赤嶺政賢 (日本共産党)

2025年6月12日・第217回国会 衆議院 安全保障委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 142 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 156 発言)

県民の動員は、沖縄戦の末期だけではないですからね。米軍が上陸する前から、沖縄県内に十六の飛行場を造るために学業を放棄させられ、あるいは飛行場造りに動員させられていますから、末期の県民動員という認識そのものが、防衛大臣、間違っていますから。

学習資料を見直すということでありますけれども、具体的にどのような内容に改めていくのかという問題です。

幹部候補生学校をめぐっては、昨年五月にも、沖縄の現地教育の要領で、日本軍が長期にわたり善戦敢闘し得たと評価していたことが問題になりました。繰り返されているんですね。

沖縄戦がどのような性格の戦争で、一般住民にどのような犠牲を強いたのか、日本の侵略戦争によってアジア太平洋諸国の人々と日本国民にどれだけの犠牲を負わせたのか、それがいかに人命を軽んじるものだったのかを学ぶことが、二度と同じ過ちを繰り返さないために、旧軍と断絶しているはずのものです。また、防衛大臣もそれは認められました。

自衛隊員に求められているそうした内容、これは、毎年指摘されながら、同じような考え方が続いている。しかし、あの戦争は捨て石作戦だった、住民を犠牲にした戦争であった、抜本的にそういう立場に改めていく必要があるのではないか。先ほどの大臣の答弁からしても、そうなるべきじゃないかと思いますが、いかがですか。

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