橋本幹彦 (国民民主党)

2025年6月12日・第217回国会 衆議院 安全保障委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 47 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 156 発言)

パレードについて、ありがとうございます。

私はパレード廃止原理主義者でございますけれども、ただ、それでも私は中央観閲式に出たんです。防大三年生のときに朝霞で訓練をやりました。大変長い訓練期間でありましたけれども、大臣がおっしゃったように私もそれで学ぶことはありました。それは、決してパレードに対して批判的な意見だけではなくて、自分自身の修練にもなった。そして、それは指揮官としての素養の向上にもなった。その効果は認めます。

ただ、パレードの目的でよく言うのが、隊員の士気向上とか団結の強化とかそういうことを言うわけですけれども、はっきり言って、長い時間パレードの訓練をやると士気が下がるし、団結もしないわけです。私はパレードに懐疑的な立場だったけれども、中央観閲式をやって、それはやるからには真面目にやろうということでやったわけですけれども、ふだんパレードをやるべきだと口先だけでやっている人たちの士気がどんどんどんどん下がっていくのは目に見えていたわけです。

パレードを全くやるなとは言わないですけれども、ただ、何のためにやるのかというのは頭を使って考えた方がいいと思います。思考停止で、士気が向上するとか団結が強化されるとかそういうことを言うのではなくて、パレードをやるときはやる。びしっと決めるときは決める。だけれども、そればかりやっているのではなくて、基本教練ばかりやっているのではなくて、総火演が進化していったように、あるいは、ミッションコマンドという言葉も自衛隊でもよく使われるようになりましたけれども、本当にこういう精神が浸透していくには、ただミッションコマンドという言葉があればいいというものではないと思います。それは、深い理解と、精神に対する理解もそうです、そういった広い教養があって初めてミッションコマンドの有用性が理解できるわけですけれども、今、部隊では、ミッションコマンドという形は、これが分かりやすいから使っている。今までやってきたことは変えないけれども、こういった言葉がはやっているし、米軍でも使っているし、だからこれを使うんだ。それで部隊の行動が本質的に変わるものではない。そういうような受け止めがされているように私は思います。それはいろいろな方から話を聞いてそう思います。何のためのドクトリンなのか、何のための知的基盤の強化なのか、私には全く分かりません。それではただの言葉遊びにすぎないわけです。

だからといって、私は、ミッションコマンドの定義を隊員一人一人が覚えるとか、そういうことを言いたくはないです。それも外形的な話だと思うのです。そうではなくて、知性と教養を高めていく、知的基盤を強化していく。これが行動する自衛隊のために本当に必要な要素であると思いますから、見てくれの話を大臣に冒頭していただきましたけれども、本質的なところを自衛官自身も考えていただけるような環境を整えるのが人事教育局長の役割であると思いますので、是非、志高くやっていただきたいと思います。

最後に、殉職者の顕彰について問いたいと思います。

顕彰の話も何度も何度もしてきました。私も言うだけでは駄目だなと思って、市ケ谷地区に足を運びまして顕彰碑に行きましたけれども、ふらっと行って参拝できるような、お参りできるような場所ではないわけです。市ケ谷の厳重な警備区域の中にありますから、国民が立ち寄って国のために殉ぜられた方々に敬意を表することができない状況であります。私は、やはりそれはおかしいと思います。

この話をすると、遺族の方の気持ちが大事だという話をよくされますけれども、では、遺族から組織的に意見集約しているのでしょうか。あるいは、遺族だけではありません、今任務に精励している隊員、こういったところからも意見集約しているのでしょうか。

これは意見集約すればいいというものではないとは思います。国家として命令して、その結果として命を失った方に対しては、国民として国家として敬意を表していく、そのためにやるものでありますから、是非この顕彰の在り方を見直していただきたいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。

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