日本共産党の赤嶺政賢です。
今日はほかの委員会と重なっておりまして、委員長、理事の御了解を得まして、一番最初ということになりました。どうぞよろしくお願いします。
それで、まず辺野古の問題から質問をします。
防衛大臣は、四月十日の参議院外交防衛委員会で、普天間飛行場の危険性除去は二十年ほど前に国と沖縄県、名護市の三者で決めたもので、同じ時期の那覇空港の拡張工事は順調に進んだのだから、もっと沖縄県が努力すれば普天間の移転も早く進んだのではないかという趣旨の答弁を行いました。これは事実を歪曲するとんでもない発言であります。
防衛大臣に改めて伺いますが、新基地の建設場所が現在のキャンプ・シュワブの沿岸域になったのは二〇〇五年十月のことです。この場所に決めたのは誰ですか。
1
遠藤敬(維新)
これより会議を開きます。
内閣提出、防衛省設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
この際、お諮りいたします。
本案審査のため、本日、政府参考人として、お手元に配付のとおり、環境省大臣官房審議官伯野春彦君外十名の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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遠藤敬(維新)
御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
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3
遠藤敬(維新)
質疑の申出がありますので、順次これを許します。赤嶺政賢君。
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- (上の発言)
4
赤嶺政賢(共産)
日本共産党の赤嶺政賢です。
今日はほかの委員会と重なっておりまして、委員長、理事の御了解を得まして、一番最初ということになりました。どうぞよろしくお願いします。
それで、まず辺野古の問題から質問をします。
防衛大臣は、四月十日の参議院外交防衛委員会で、普天間飛行場の危険性除去は二十年ほど前に国と沖縄県、名護市の三者で決めたもので、同じ時期の那覇空港の拡張工事は順調に進んだのだから、もっと沖縄県が努力すれば普天間の移転も早く進んだのではないかという趣旨の答弁を行いました。これは事実を歪曲するとんでもない発言であります。
防衛大臣に改めて伺いますが、新基地の建設場所が現在のキャンプ・シュワブの沿岸域になったのは二〇〇五年十月のことです。この場所に決めたのは誰ですか。
5
中谷元(自民)防衛大臣
まず、普天間飛行場につきましては、一九九六年のSACO最終合意で沖縄県内に代替施設を建設するという前提で、一九九九年に、当時の辺野古沿岸案に対して沖縄県知事及び名護市長の同意を得てこれは閣議決定しております。その後、また協議がありまして、二〇〇五年、ちょうど二十年前ですけれども、十月、2プラス2において、キャンプ・シュワブの海岸線の区域とこれに近接する大浦湾の水域を結ぶL字案に設置することについて日米で合意をいたしました。当時は大野功統防衛庁長官であったと認識をいたしておりますけれども、そこで出てきたのがV字案でありまして、当時、島袋市長がこの基本合意を…
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6
赤嶺政賢(共産)
キャンプ・シュワブ沿岸部、ここに決めたのは2プラス2で日米両政府ということですよね。沖縄県が決めたわけではないわけです。
その日米合意に対して、当時の沖縄県はどのような見解を表明しましたか。
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7
中谷元(自民)防衛大臣
二〇〇五年の2プラス2で合意したL字案につきましては、例えば、当時の稲嶺沖縄県知事からは、沖縄県としては絶対に容認できるものではない旨のコメントが出されたほか、沖縄県議会からは、沖縄の受入れ可能な案を米軍再編協議の最終報告に反映するよう要請があったと承知をしております。
しかし、その後、現行の案、いわゆるV字案、額賀大臣の頃でありましたが、当時平成十八年、二〇〇六年五月に当時の額賀防衛庁長官と稲嶺知事との間で在沖米軍再編に係る基本確認書を結んだ上で、二〇〇六年、平成十八年八月以降、普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会において、政府、県、関係自治体…
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