私は、世の中の価値観が時に応じて変わるんだという思いを持っているんですね。私、堺屋太一先生という先生を大変尊敬をしておって、個人的に教えを請うたことも何度もございます。お亡くなりになる直前に「三度目の日本」という本、結局最後の著書になりましたが、戦前は強い日本を目指してきたと、その後は豊かな日本を目指してきたと、これから目指すべき日本は何なのだといったらば、楽しい日本を目指すんだと、そういう価値観の変遷というのはあるんだろうと思います。
そこで、面白いとか楽しいとかいうことを、やゆ的にとは申しませんが、杉尾委員からそういうような御評価がありました。私は、強い日本とか豊かな日本に代わる新しい価値観というものは大事だと思っています。地方に暮らすことは楽しいね、地方に暮らすことは面白いねという、そういう思いを持っていかないと、これから先の地方創生というのはできないと思います。
何で倍にしたかというお尋ねでございますが、これは倍にしたぐらいではまだ足りないと思っていますが、それが単なる定型的な補助金になってはいかぬと思っております。私の反省は、今委員がいみじくもおっしゃったように、コンサルに丸投げというところがなかったとは私は思いません。見ていれば分かります。そうではないの、その地域、長野県なら長野県で、佐久なら佐久においてですよ、子供たちも、あるいは商工会の人たちも、JAの人たちも、あるいは労働組合の方々も、信濃毎日新聞もですよ、みんなが一緒に、八十二銀行だっていいですよ、その地域どうするんだという、最後は国が何とかしてくれるんだよねではない、その地域のことはその地域の人が一番よく知っている、そういう原点にもう一度戻りたいというふうに思っております。
そういう意味で、取組のやり方、そして意識の変革、そういうものを目指しております。ですから、二・〇というのは全く局面が変わるということを申し上げているのであって、いいかげんに名付けたものではございません。
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杉尾秀哉(立憲)
今回、地方創生二・〇を掲げていますけど、一・〇の検証をきちんとしましたか、失敗の原因。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
ずっと申し上げておりますように、反省の下にと言っておりますのは、それがそのとおりにならなかったからということでございます。
あの当時、十年前でございましょうか、合計特殊出生率、十年前が一・四二を掲げました。目標としたのは一・八でした。実際の数字は一・二ということでございます。じゃ、コロナもあったけれども、どうしてこんなことが起こっているのだろうかというのを、もう一度詳細に分析をしなければいけません。この希望する出生数、特殊出生率、これが達成できなかったということについては強い反省を持っております。
東京圏の転入が止まらないということは、これはなぜなの…
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杉尾秀哉(立憲)
これから検証するんですね。
所信表明の中に地方創生のことを触れたくだりあるんですけど、面白い、楽しいを広げる、こんな表現なんですよ。漠然とし過ぎていますよね。
そして、この十年間で地方に配ったのは一・三兆円です。結局ばらまきに終わったという、そういう評価もあります。金太郎あめのような計画ばかり、コンサルばかりが潤った、こういう批判もあります。
中身も決まっていないのに、これから検証するんでしょう、何でいきなり交付金二倍にするという、その二倍という数字だけ出てきたんですか。おかしいじゃないですか。
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- (上の発言)
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石破茂(自民)内閣総理大臣
私は、世の中の価値観が時に応じて変わるんだという思いを持っているんですね。私、堺屋太一先生という先生を大変尊敬をしておって、個人的に教えを請うたことも何度もございます。お亡くなりになる直前に「三度目の日本」という本、結局最後の著書になりましたが、戦前は強い日本を目指してきたと、その後は豊かな日本を目指してきたと、これから目指すべき日本は何なのだといったらば、楽しい日本を目指すんだと、そういう価値観の変遷というのはあるんだろうと思います。
そこで、面白いとか楽しいとかいうことを、やゆ的にとは申しませんが、杉尾委員からそういうような御評価がありました。私は、強い日本とか豊かな日本に代わる新しい価値観というものは大事だと思っています。地方に暮らすことは楽しいね、地方に暮らすことは面白いねという、そういう思いを持っていかないと、これから先の地方創生というのはできないと思います。
何で倍にしたかというお尋ねでございますが、これは倍にしたぐらいではまだ足りないと思っていますが、それが単なる定型的な補助金になってはいかぬと思っております。私の反省は、今委員がいみじくもおっしゃったように、コンサルに丸投げというところがなかったとは私は思いません。見ていれば分かります。そうではないの、その地域、長野県なら長野県で、佐久なら佐久においてですよ、子供たちも、あるいは商工会の人たちも、JAの人たちも、あるいは労働組合の方々も、信濃毎日新聞もですよ、みんなが一緒に、八十二銀行だっていいですよ、その地域どうするんだという、最後は国が何とかしてくれるんだよねではない、その地域のことはその地域の人が一番よく知っている、そういう原点にもう一度戻りたいというふうに思っております。
そういう意味で、取組のやり方、そして意識の変革、そういうものを目指しております。ですから、二・〇というのは全く局面が変わるということを申し上げているのであって、いいかげんに名付けたものではございません。
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杉尾秀哉(立憲)
いや、私は二倍の根拠を聞いたので、そんなこと聞いていないんですけど。
地方創生担当大臣になられました伊東さん、おめでとうございます。
伊東大臣の選挙があった二〇二一年の収支状況を調べてみました。資料四です。
伊東大臣が代表を務める政党の支部、繰越しを入れると、この年は二億円近い収入があります。莫大な金額です。うち企業献金五千四百万円強、それから何々政治連盟といったような団体献金入れると七千六百万円。この献金額は、この年は、麻生太郎さん、そして田村元厚生労働大臣、次いで三位なんですよ。
伊東大臣、何でこんなに金集める必要があるんですか。
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伊東良孝(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・地方創生・アイヌ施策)
杉尾先生の御質問にお答えいたします。
私の二〇二一年における支部から後援会への支出についてでありますけれども、(発言する者あり)金額の話でしょうか。金額については、相当繰越残もありましたし、様々な後援会あるいはまた政治パーティー、その他後援会活動の中でこれらの金額が積み上がったと、こういうことでございます。
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杉尾秀哉(立憲)
なぜこんなにたくさん金集めなきゃいけないんですかと聞いたんです。
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