まずは今目の前にある能登の被災を受けた人たち、そしてまたそれを復興しなきゃいけない人たち、ここに寄り添って最大限の支援をしていただきたい。そして、私どもはそのための予算を今回この補正予算の中にしっかり入れていますので、まずは今の対応をしっかりしていただきたい、そう思っています。
その上で、今総理が言及されました防災庁について、少しお話をしたいと思います。
もう東日本大震災から十三年九か月が過ぎました。私ども、そうはいっても、あのときの経験、今でもしっかり覚えています。そして、復興庁を始め多くの皆さんに支援をいただきましたが、実はこの復興庁という役所、本当にお世話になっておりますが、各省庁から、ある面では出向で成り立っています。数年すると元の役所に戻る、あるいは退職をしてしまう。復興庁や防災関係の部署には、確かに震災や様々な災害の記録は残っているんです。記録は残っているけれども、職員として、そのときの体験や経験、これは残念ながら引き継がれていない。
私は、何よりも大切なのは、災害が起きたら、速やかに初動で、何が必要だ、次はこれだ、あれが足りなくなる、これは一々記録を見て何だっけでは間に合わないんです。やはり記憶と体験が受け継がれる、そういう役所が必要だ。そういう意味で、私は、この防災庁という役所は重要だと思っています。
とても残念なのは、今回の能登のあの災害の状況、避難している方の姿を見て、十三年前に私たちが経験したときと何も変わっていない。体育館の中に皆さんビニールシートを敷き、段ボールを敷き詰めて、そこで避難をされている。それが長期間にわたっている。一体あの震災の教訓は何だったんだ。その後、熊本の震災もありました。いつも災害のたびに私たちが見る光景は同じです。もうこんなことを二度と繰り返してほしくない。
そして、この国は数年に一回災害がある国になりました。是非、今回、防災庁をしっかりつくって、記録だけじゃなくて、体験や様々な記憶を職員が受け継ぐ、そういう体制にしていただきたいと思いますが、総理のお考えを伺います。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
十年前、私、初代の地方創生担当大臣を拝命をいたしました。二年務めました。そのときに、今委員御指摘の、別に本社じゃなくてもいいんだけれども、東京でなくてもいい機能はなるべく地方に移しましょうねということをやってみたんです。
それで、隗より始めよという言葉がいいかどうか分からないけれども、中央政府がやらないと、それを民間にだけお願いしても難しいよねということで、中央省庁の地方移転というのもやろうとしました。成果として、確かに、文化庁の京都移転でありますとか、工芸館の金沢移転でありますとか、幾つかはできました。でも、その後が続かない。
本社の地方移転も、有…
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小野寺五典(自民)
私の持っているイメージは、東京にあるものを地方に移すということではなく、東京にある企業が地方に分散するのではなく、地方発の企業、様々な国の支援で、地方から今、どんどん世界に出ようとする企業を更に押し上げて、東京を見なくて、地方からそのまま世界を見る、そういう会社、企業、これがどんどん出ていくことを今回の地方創生の交付金で後押しする、それを是非お願いしたいと思っています。
さて、もう一つ大切なことは、やはり能登への支援であります。
私も、先月十三日、石川県を訪問しまして、馳知事から、地震、豪雨被害の復興の進捗状況を聞いてまいりました。先ほど、安住委員長…
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石破茂(自民)内閣総理大臣
コロナがようやっと収束に向かって、何年ぶりかに親戚が帰ってきたね、家族が帰ってきたね、久しぶりにいいお正月だったねという最中にあれは起こったわけですよね。みんな本当に大変な衝撃を受けたと思う。そして、ようやっと立ち直るかなというきっかけが見えたらあの大雨で、私、地震のときも大雨のときも現場へ行きましたけれども、何で自分たちだけがこんな目に遭わなきゃいかぬのだという話があるわけで、そこは、二つのやり方があるんだろうと思っています。
大雨も地震も防ぐことはできないんだけれども、予知、予測の体制を上げていくことは可能なのではないだろうか。そして、災害を防ぐこ…
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- (上の発言)
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小野寺五典(自民)
まずは今目の前にある能登の被災を受けた人たち、そしてまたそれを復興しなきゃいけない人たち、ここに寄り添って最大限の支援をしていただきたい。そして、私どもはそのための予算を今回この補正予算の中にしっかり入れていますので、まずは今の対応をしっかりしていただきたい、そう思っています。
その上で、今総理が言及されました防災庁について、少しお話をしたいと思います。
もう東日本大震災から十三年九か月が過ぎました。私ども、そうはいっても、あのときの経験、今でもしっかり覚えています。そして、復興庁を始め多くの皆さんに支援をいただきましたが、実はこの復興庁という役所、本当にお世話になっておりますが、各省庁から、ある面では出向で成り立っています。数年すると元の役所に戻る、あるいは退職をしてしまう。復興庁や防災関係の部署には、確かに震災や様々な災害の記録は残っているんです。記録は残っているけれども、職員として、そのときの体験や経験、これは残念ながら引き継がれていない。
私は、何よりも大切なのは、災害が起きたら、速やかに初動で、何が必要だ、次はこれだ、あれが足りなくなる、これは一々記録を見て何だっけでは間に合わないんです。やはり記憶と体験が受け継がれる、そういう役所が必要だ。そういう意味で、私は、この防災庁という役所は重要だと思っています。
とても残念なのは、今回の能登のあの災害の状況、避難している方の姿を見て、十三年前に私たちが経験したときと何も変わっていない。体育館の中に皆さんビニールシートを敷き、段ボールを敷き詰めて、そこで避難をされている。それが長期間にわたっている。一体あの震災の教訓は何だったんだ。その後、熊本の震災もありました。いつも災害のたびに私たちが見る光景は同じです。もうこんなことを二度と繰り返してほしくない。
そして、この国は数年に一回災害がある国になりました。是非、今回、防災庁をしっかりつくって、記録だけじゃなくて、体験や様々な記憶を職員が受け継ぐ、そういう体制にしていただきたいと思いますが、総理のお考えを伺います。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
十三年前の思いは、小野寺委員も私も一緒です。
私、あのときは野党の政調会長でございました。無理を頼んで、女川の避難所に一晩泊めていただいたんです、一時間、二時間見ただけじゃ分からないから。朝、結構日が上がるのが早い時間だったな、とにかく、何で私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの、お願いに行って、国交省に行ったら農水省に行ってくれ、農水省に行ったら経産省に行ってくれ、何なんだこれは。一つの役所で全部ワンストップで済むような、そういう体制が何でつくれないんだと罵声を浴びましたよ。だから、あのときに小野寺委員にも大変お世話になった、復興庁の設置法案というの…
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小野寺五典(自民)
まず、目の前の能登の復興を手がけ、そして、その際、しっかり防災庁を組み上げていく。私ども、しっかりその協力をさせていただきたい、そう思っています。
次に、外交、安全保障についてお伺いしたいと思います。
アメリカ、トランプ政権に再びなることになりました。私は、前トランプ政権のときの防衛大臣として、アメリカと直接向き合った経験もございます。大変手ごわい人だと思っています。しっかりとした備えをお願いしたい。
そしてまた、アジアの周辺を見れば、北朝鮮、私どもは拉致問題を何としても解決したい、その課題でありますが、その北朝鮮は、今度はロシアと組んで、事もあろ…
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石破茂(自民)内閣総理大臣
その問題はもうずっと昔からあるお話でございます、サイバーなんて言葉がはやる前から。ですから、これは法整備をきちんとしなければならないというふうに思っております。
状況は今委員御指摘のとおりであって、日本が一番弱いのはこの分野である、そのためには法整備もしなければならない。これは、平大臣を担当大臣といたしまして、法整備のために、早急に法案を取りまとめて、国会における御審議を賜るようにいたしたいと思っております。
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