武正公一 (立憲民主党)

2024年12月18日・第216回国会 衆議院 外務委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 12 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 208 発言)

立憲民主党、武正公一です。どうぞよろしくお願いいたします。

七年ぶりに国会に戻していただきまして、この外務委員会も二〇〇〇年以来よく所属をし、外務副大臣も務めさせていただきました。今日、こうして立憲民主党のトップバッターで質問の機会をいただき、外務委員会の理事、委員の皆さんに、そしてまた外務委員会の皆さんに、また、外務大臣始め、外務省の皆さん始め、感謝申し上げたいと思います。

まず、先日、ノーベル平和賞を日本被団協が受賞されまして、私も、田中熙巳代表委員のスピーチを、画面の目の前に座って、食い入るように拝見をさせていただきました。非常に感銘深いスピーチだったなというふうに思っております。

一九五六年、被団協結成までは、四五年の原爆投下以来、なかなかそうした結成には至らなかった国内の事情などもありながら、その後の、長年の活動が認められたことは言うまでもありません。

特に、二つの大きな目的で被団協は活動していることを言っておられました。それはやはり、戦争を遂行した国の賠償を求めるというのがまず第一で、そして第二が核兵器廃絶だというようなことでスピーチを進められる一方、そうした運動が、NPTから核兵器禁止条約の会議に、条約につながっていったことも含めて、次世代にこの活動をいかにつなげていくかということを高らかにうたわれたなというふうに思っております。

この間、やはり多くの方々が、今回、平和賞受賞に当たっていろいろな活動をされてこられていると思います。

私の知るところでは、二〇一五年の十二月十日に、広島、長崎の被爆者がノーベル平和賞の授賞式に招待をされました。これについては、広島・長崎被爆者プロジェクト代表、阿部憲二桐蔭横浜大学教授、代表の皆さんの働きかけ、こういったものもあったのではないか。今回の受賞に向けて、それはあくまで一例でありますが、多くの方々のそうした努力が平和賞につながったのではないかと思っております。

そのときには、今はもう亡くなられてしまいましたが、山根隆治元参議院議員から私は阿部先生を紹介いただきまして、山根さんから引き継いで、そうした手紙を、ノーベル財団始めアメリカ政府などにも発出をしてきた経緯もあります。いろいろな方々の思いが今回の受賞につながっているんだというふうに確信をいたします。

この受賞について、大臣の御所見、御感想を伺えればと思います。

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